長編夢小説 『 Unusual world 』
□『第2章』 5話 - 狂れた傀儡達【前編】 -
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『第2章』 5話 - 狂れた傀儡達【前編】 -
慎重な歩みは、本来十分もかからずにクリアできるはずの簡単なステージに、四十分もの時間を浪費させた。
焦る気持ちを抑え、死体の群れを踏みしめて一歩一歩階段を昇っていくのは随分神経を使った。
『そこは一気にかけぬけて!』
『天井からきます!』
ハルカの指摘する罠の位置とその対応方法は的確だったが、
時折マップに記載されていない罠が仕掛けられている事もあり、
梨花自信も観察眼をゆるめるわけに行かなかった。
それに、実際に罠を回避するのは梨花の運動能力にかかっている。
一歩でも足の置き場を間違えれば、
一度でも手を滑らせれば、
剣山に突き刺さったり、
せり出す壁に押しつぶされた死体と同じ道を歩む事になる。
そのひとつひとつを想像するだけでもぞっとした。
−− −−
−−
『おそらく、これがゴールですね』
そんなこんなで集中力がぼろ切れみたいになった梨花と、
汗一つかいていないが僅かに眉根を寄せたハルカが、
ようやくたどり着いたのは、見上げる程巨大な木枠の扉だった。
ちょうどおとぎ話なんかに出てくるお城の扉のようだ。
胸の高さ程の所に、べたべたと手の跡がつけられていて、
梨花がなんだと思ってよく目をこらすと、乾いた血だった。
「ぅ・・。
こ、ここをくぐれば、ゲームクリアなんだよね」
『そのはずです』と、
ハルカは並べ立てたタスクウィンドウにエメラルドの瞳をさっと通しながら言った。
『罠は確認されませんでした。進めます』
梨花はうなずき、扉を押し開いた。
室内はのっぺりとした暗闇に飲まれていた。
光の一切は拒絶され、足を踏み出す床すら見えない。
踏み入るのはためらわれたが、時間がない。
ゆっくりと暗闇の中に潜り込んでいく。
唐突に背後の扉がきしむがした。
「えっ!?ちょっ・・」ガタン。
二十歩も歩いた頃だった。慌てて振り返るが既に扉は完全に閉まった後だ。
「なんで――!」
『解析しています・・施錠されたようです。
部屋に入った時点でスクリプトが作動しました』
梨花は扉に駆け寄って拳を叩きつけたが、ぴくりともしなかった。
鈍い音が暗闇に響くばかりだった。
辺りを見渡し、歯噛みする。
わかりきっているが、現実をもう一度確認する。
「もしかして・・閉じ込められた?」
『わかりません。しかし、事態を把握するまで動かないのを推奨』
彼女はタスクウィンドウをいくつも起動させて、凄まじい速さでそれを操作し始めた。
そんな彼女の横で梨花はぎゅっと剣を構える。
口の中が緊張で乾いているのに気づく。
生唾を飲み込んで、腹をくくろうとする。
だがエントランスで襲ってきた罠を思うと、
ぞっとした。血みどろの死体、必要以上にまき散らされた鮮血や肉片―――
今思えば、あれには偏執的な、
狂気じみた"歓喜"を感じさせた。
人をばらばらにするのに、ここの"主(あるじ)"は、快感を感じていたのだ――――
辺りは完全に真っ暗闇だった。
ここで罠が襲いかかってきたとしたら――――
音だけを頼りに、避けられる自信はない。
フェイスマスクの中の、自分の呼吸が、緊張しはじめた鼓動に合わせ、荒くなっていくの感じた時だった。
「!」
『!』
突然、照明が灯った。
はっとして眼を向ける。
真っ白な人工灯がぽつんと暗闇に落とされ、
その光に包まれて、一人の少女が地面にへたり込んでいる。
「っぅ・・ぅぅ、っ、うぅ・・・」
低い声で呻いている――いや、嗚咽を上げている。
フリルのたっぷりついた、ピンクと白を基調にしたポップなロリータ調のドレス。
それによく熟れたチェリーみたいな色の髪飾り、肌は白く艶めかしく、
人間というよりはゴテゴテとデコレーションされた過度に甘いケーキのようだ。
ホワイトブロンドの髪は、
真っ白な照明に照らされて煌めいているが、
よく手入れされているつやのある髪は、酷くかきむしったみたいに乱れていた。
・・あの娘がspring?
暗闇に光が灯った事で、梨花はようやく周囲の状況がかすかに把握できた。
ここはまるで死体置き場だ。
ここまで来るまでに見た死体など物の数ではない。
床一面が死体に覆われ、少女の背後には積み重なった死体で山ができていた。
彼女はその死体の絨毯をかき抱くように地面にべったりと張り付いて涙を流している。
低く、低く、嗚咽を暗闇に這わせる。
「あ、あなたが・・spring?」
かすれた声はうわずっていた。返事はない。
・・よく見ると、彼女はその手になにか、人形を握っている。
薄汚れた、何か――――荒い毛糸で出来た人形のようだった。
その首に巻かれているモノに気づいた時、
梨花は知らず、生唾を飲み込んだ。
荒縄だった。
首をくくるように巻き付けられた縄が、springの手から人形の首へと繋がっている。
彼女の口元が、人形の耳に寄せられ、小さな声で何か囁いている。
『――――歌っています』
「は? 歌っ!?」
ハルカは歌詞をそらんじるようにつぶやく。
『・・・おねえちゃん・・?』
梨花がいぶかしげに眼を細める。
彼女は微かな声から断片的に下したらしい判断を述べた。
『誕生日をお祝いしているようです。彼女の、おねえちゃんの』
思わず、頬がひきつった。おねえちゃんって誰?
いや、彼女はあの薄汚い人形に囁いているのだから、
まさか彼女にとってはあの人形が『おねえちゃん』なのだろうか?
・・わけがわからない。
正直、理解不能だった。
死体の山に囲まれて、世界的アイドルが、お人形と一緒にお祝いとは――――
その狂喜染みた光景を前に、梨花は思わず、一歩下がる。
バタン!!
「!」
『!』
その時、背後から扉が勢いよく開かれる音がした。