長編夢小説 『 Unusual world 』 

□『第2章』 4話 - 鮮血の城 -
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「・・・ねぇハルカ。

さっき、ホストがどうとか言ってたよね」



先ほどから握られていた自身の手から、

ハルカの手をそっと離した梨花が、辺りを見渡しながらそう言った。

背を向けた梨花は知りえない事だが、

ハルカは離されてしまった手を、

取り残された子供のように宙を漂わせ、

それから、何やら寂しそうに反対の手の中にゆっくりと納めた。 




『ホストとはゲームを主導的に運用する脳を指しています。

Play fun!48は脳の機能をパッシブにもアクティブにも利用して作用していますが、

脳で創造した世界を公開する際、

Play fun!48は脳を外部の接続者に解放して要求された情報を処理して――?』



そこまで、ハルカが説明したところで

梨花は頭を抱えながら、静止を促すかのように手をあげた。



「あの・・・。ごめん、もっとわかりやすくお願いします」



『・・・。つまり、ここはネバーホリッカーの頭の中に作られた世界で、

この世界をどうするのかは、

全てネバーホリッカーにゆだねられているという事です』




うなるように、梨花は鼻を鳴らした。

ようは今や自分達の運命はネバーホリッカーの手の内――脳の内にあるという事か。






『・・・どうやら本ゲームのネバーホリッカーはホスト元であるspring本人のようですね』

辺りの死体を恐る恐る調べていた梨花は、いぶかしげにハルカに目を向けた。


「springって・・・確か・・。アイドルじゃ。」




ゲーム前のブリーフィング画面。



突然出てきて驚いたが、

つまりあれは簡単な説明書みたいなものなのだろう。

ではそう書かれていたように思う。





『そうですが、それがなにか?』

ハルカは至極当然のようにそう言った。

その言葉に「いや、べつに・・。」と梨花は口ごもる。

だが、彼女の言説に寄れば、ネバーホリックというのは『無意識の自殺』ではなかったか。

梨花の中では、昼の世界で燦然と輝き華々しく活躍するアイドルと、

自殺というのは、どうも結びつかない気がした。



『どんな人間にも、死の可能性は開かれていますから』

ハルカは辺りを漂いながら、死体を見下ろして言う。




『そのリセット(死)スイッチに気づいてしまうと、ダメなのです。

目を逸らそうとしても、ずっと頭にちらついて。

そのうちスイッチを押したい衝動が、無意識に有意識を浸食していく。

もっとも、そのスイッチはリセットなんてものではなく、

再起動も許されない電源スイッチで、

救いを求めて押したのに、希望を抱いたまま死――――』

そこまで話すと不意に、彼女は振り返った。


『・・。すみません。変な話をしています、私』



そう言われて、自分が彼女の言葉に聞き入っていたのに梨花は気づいた。

あぁ、うん・・・と曖昧に言葉を濁す。






彼女が語る言葉には、妙に――――妙に"実感がこもっていた"気がした。

だけど、"実感"って?

彼女は祖父の屋敷の地下に広がった機械が作り出した疑似人格(AI)だったはずだ。

祖父との暮らしは酷く非機械的(ローテク)だったので機械には詳しくないけれど・・・

最近の人工知能(AI)は死について考えを巡らせたりするのか? 




『それと彼女に興味があるのでしたら調べておきますが?』


「いや、別に・・興味はないけど。」


ハルカは何やらムスッとしながら、梨花にspringの話題を振る。

別に・・大したことじゃないですから。

彼女はそう言って、何かウィンドウを取り出して操作する。


それから、ついでのように梨花に目を向け、『本ゲームの終了条件ですが』と話す。




『本ゲームの目的はspring――

つまりネバーホリッカーの元へたどり着く事です。

彼女の元にたどり着いた時点でゲームクリアとなり、ゲームは終了します。

逆にネバーホリッカーにとってはそれがゲームオーバー条件となり、

排出(イジェクト)となるわけです』





「アイドルの所へ行けばいいだけ?行くだけでいいの?」

その言葉に梨花は目をキラキラさせ、ほっと息をついた。

気負っていた気持ちがすっと楽になる。

ゆりあの時みたいな、あんな殺し合いみたいな真似をしなくていいなら―――-。





『でも、油断しないでくださいね。この様子じゃ――』

「わかってるって」


梨花はさっと手を振ってハルカの言葉をさえぎった。

今朝のスウィートスモークの件といい、いちいち細かい事を気にするようだ。

彼女が言いたい事くらいわかっている。

この辺りに転がる死体の異様さを警戒しろといいたいのだ。



ある日突然自身の脳に住み着いた彼女に、あまり指図はされたくなかった。

祖父が言うならまだしも。何も知らないのに・・・。

何やら困り顔でじっとこちらを見つめるハルカを横目に、

梨花は手近な死体に歩み寄った。



目の前の男の死体は、すごい死臭を放っており、思わず足が後ずさる。



「ぅ〜・・。」


『・・・。お手伝いします』


「ちょっと、ハルカ。死体だよー・・。そんな乱暴に・・」


『もう、生きていないんです。遠慮は無用かと。』


ビクつきながらも足で、

その体を仰向けに転がそうとしていた梨花を何やら気の毒に思ったのか、

ハルカは、梨花の傍によりこう述べると、おもむろに手で死体をつかみ、

あおむけに転がした。



無表情で死体を転がし、手に血をべっとりとつけた可愛い少女に、

梨花は若干表情を引きつらせいたが、

あおむけになった死体の状態にすぐさま目を細めた。



みぞおちから腹へかけて、

切り裂いたような大穴が開いていた。

ぬらぬらと光る血にまみれて内蔵が垣間見える。




どんな事をしたらこんな傷がつくんだろうか?

何かとてつもなく巨大な、鋭く太い何かで一突きされたみたいな・・・



『梨花!横に避けてッ!!』
 
ハルカが突然叫んだ。

死体に気を取られていた梨花はその声にとっさに反応できず、

思わず振り返ろうとして、しかし体が突然意思に反して横っ飛びした。


「ッ――。な、何?」

背中を打ち付けて息が詰まる。

倒れこんだ目の前で、さっきまで自分が突っ立っていた空間を、

突然横薙ぎに何か巨大な影が横切って、壁に突っ込んだ。

唖然として見ると、壁に突き刺さっているのは鎖で天井と結ばれた巨大な鎌で、

それが土煙に包まれてぎらぎらと刃を輝かせている。


「な、なんで、こ――――」


『天井!!』


今度はハルカの声にとっさに反応できた。

シュッという音と共に何か影が頭上で素早く動いたのを見て、

梨花は即座に体をひねって転がる。




直後、彼女の肩をかすめて凄まじい質量をともなった鉄球の一撃が床を粉砕した。


渇きかけていた粘着質な血がぶばっと音を立てて飛び散り、タイルの破片が彼女に降りかかる。


転がっていた死体の鉄球に叩き潰され、破裂した肉片の破片が血と粉塵の中に乱れ飛んだ。

だがそれを見て驚いている余裕はなかった。






「ちょ・・っと、うそでしょ・・」

薄い金属プレートの束がこすれ合うような音が耳元でしたと思ったら、

騎士甲冑が頭上で剣を振りかざしているのが見えた。

どこから出てきたなど考える前に、体をひねった。

迫り来る剣の先端。

腰を無茶苦茶にひねって体を回転させると、左手を床について軸にし、

思いっきり右足を突き出した。

剣は梨花のガスマスクと制服の肩を破って頬をかすかに切り裂いて床に突き刺さり、

彼女の放った突き蹴りは見事甲冑の兜をとらえる。

だが手応えはまるで無かった。

兜はあっさり吹き飛び、甲冑は突然意志を失ったみたいにふらふらと後ずさりして倒れた。



「はぁ・・・はぁ・・。」

梨花は尻餅をついて、冷やさせを書きながら、息を荒くする。

甲冑の中身は空っぽだった。






不意にゲームを始める前に見たブリーフィング画面を思い出す。

――――ラビィング・オブ・キャッスルは、危険な罠が張り巡らされた危険なお城!――――



思わず、顔から血の気が引く。
 



息をするのにも慎重になった。

気を払いながら辺りを見渡す。

壁に並んだ蜂の巣のような小さな穴の群れ。

脈絡無く床に設けられた網で覆われた排気口。

壁際に立ち並ぶ甲冑。

ビロードの絨毯に覆われた、かすかにへこんでいる床。

目につくもの全てが疑わしく感じて、額に冷たい汗が流れた。






『罠はプレイヤーを凄惨に殺害する目的で設置されているようです』

眼前に滑り込んできた、華奢な細い手。

差し出された彼女の腕は、肩のあたりが梨花と同じく、

派手に裂かれて、白い腕の合間に流れ出した血が見え隠れしていた。





「ハルカっ!!」

思わず彼女の顔を見上げる。

無表情顔の中で、碧い瞳が静かに自分を見つめていた。思わず、言葉が口をつく。

「怪我したの!?」

あまりに勢い込んで聞いたからだろうか、ハルカはきょとんとして、

それから『あぁ』と無感動そうにつぶやいた。




『梨花を押した時に、あの鎌に切られたようですね』

彼女は何事もなかったかのようにこう言葉をつなげた。




『私はいいんです。痛みは多少ありますが、データですから、

この世界を抜け出し、数値を書き換えれば元に戻せます。

けど、あなたはそうはいきま・・?梨花』

彼女はそう言って、また手を差し出した。



その手を見て、梨花は思わず涙ぐみ、彼女を抱きしめた。






『梨花・・?』


「馬鹿っ。データとか関係ないでしょ!!

私のせいでこんな怪我を・・。」


機械だと、そう割り切っているつもりなのに。

人ではないということは、わかっているはずなのに。

それなのに、自分のせいで彼女を傷つけてしまったという事実を梨花は許せなかった。




『梨花・・・。』

ハルカはあっけを取られたように、

自身の身体をこんなにも心配する彼女を不思議そうに見つめ、

そして、そんな彼女に抱きしめられることで、

胸の奥に何やら今まで感じたことのないような、妙な違和感を感じていた。











        

        ・



 
        ・




        ・







『梨花・・。すいません。時間が』





「あっ・・。、ごめん」


『いえ』





少しして、落ち着くと梨花は、

何やら気ずそうであったが、

ハルカは普段通りに無表情で先ほどの罠について説明を始めた。




『本来は電気ショックや煙が出る程度な罠のはずですが、ホストが――』


顔をパンパンと両手でたたいた梨花は、気持ちを切り替えると、

辺りを見渡してそう言う彼女の話を聞いていた。





「・・・springとかいう人がやったにしても。

・・こんなのおかしいよ」



『・・・。

私が先行してマップの罠(スクリプト)を確認しますから、気をつけてついてきてください』


「・・・」


そう言って、彼女が先に行くのを、

梨花は一瞬歯がゆそうな表情で見送った。

それからまた一瞬だけ視線をそらし、

顔を上げると、手を上空にかざし、いつだかのように紅炎に燃える剣を手に取った。



「待って!!」

そのまま髪を紅に染めた梨花はハルカの背に追いつくと、

彼女の体を自分の背に押しやって、先頭に立って歩き出した。





『梨花・・。』


剣を使って怪しそうな箇所をこづきながら、非効率にもゆっくりと歩み出した彼女の脊を、

ハルカは薄い唇を微かにひらいて、

虚を突かれたように見送っていたが、結局何も言わずに、素直に後についた。
























「・・・いったか」


そうして誰もいなくなったロビーで、

死体の一つがそんなことを呟きながらゆっくりと身を起こした。

その死体と思しき影は、梨花達が消えた階段に目を向けると、

それは静かに後に続いていった。












‐ To be continued -
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