長編夢小説 『 Unusual world 』 

□『第2章』 3話 - 軽蔑していた愛情 -
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『第2章』 3話 - 軽蔑していた愛情 -




















案内された両開きの扉を勢いよく押し開くと、空っぽの空間が眼前に広がった。

体育館程度の広大な空間は、灰色一色に染まっている。

硬い床をスニーカーを鳴らしながら歩く。








そして、いつの間に着替えたのか――

その肩の上で――

小さなスーツ姿の妖精は眼鏡をきょろきょろとさせていた。




『この空間、偏在情報(ユビキタス)でいっぱいです』


ハルカはそう言うと、何かを操作するみたいに軽く手を振った。

途端、空っぽで無機質な空間が無数の色とりどりのウィンドウに染まった。

どうやら、梨花の視覚野をいじくって偏在情報(ユビキタス)を視覚化したらしい。

イルミネーションでいっぱいに飾り付けられたファンシーなお城のエントランスみたいだったが、

ウィンドウに目を凝らすと、それは刻々と並ぶ数式の群れだったり、

文字が羅列されただけの経済ニュースだったり、

単調に上がったり下がったりを繰り返すグラフだったりして、

堅苦しい経済情報がほとんどだった。とてもファンシーとは言えない。





そうこうしてる間に最奥部にたどり着く。

灰色の空っぽな空間を睥睨するように、

国家元首か裁判官が座るような居丈高な壇があって、そこに一人の男が座って、

部屋中のウィンドウに目をこらしている。





「・・・。お父さん」


梨花がつぶやくように言うと、

父、戸賀崎 智信

――――V-tec Life社最大の権力者は目も向けずに言った。





「・・。何の用だ。仕事場には二度と来るな」

その言葉に梨花はわずかに口ごもる。

言いよどみ、視線を逸らす。





「・・・ゆりあは元気にしてる?」
 
良好だ。と梨花の質問に短く父は答えた。




「イジェクターに救出された事が余程うれしいようだ。

お前にも礼を言っていた――――

それより時間がないぞ・・。

本題に入ったらどうだ」



平坦な声でそう続けた父に、梨花は不満げに鼻を鳴らした。

つばを嚥下して、乾いた喉を潤してから言った。



「父さん・・。私の脳にはPlay fun!48が導入されてる」

父はぴたりと動きを止めた。

父はその視線を、ゆっくり梨花へと落とす。




「父さんこれは私が導入したんじゃないの。

もっとずっと小さい頃、記憶もないようなずっと昔に、無理矢理突っ込まれたんだ・・」

父は機械じみたレンズのような目をじっと梨花に向けている。






「・・っ。あなたがっ!!

やったんでしょ」

こうゆうと梨花はどんな言葉が返ってくるか、わずかに緊張しながら待った。






だが、父が次に発した言葉は「用はそれだけか」だった。

子供のわがままにつきあっているような調子のその言葉に、かっと腹の底が熱くなる。






「私の腕と足が動かなくなったのはそれが原因・・!!

父さんが・・。あなたが私の手足を奪ったんでしょ。

なんで!?それに今までしらばっくれて――――」


「・・・。お前の四肢麻痺は、医師が脊髄の先天奇形が原因だと断定した。

当時の弁護士もそれを認定している」




「なっ、弁護士って・・。意味わかんないよ。

なんで、そんなの用意しててんの・・。」




父の言葉に身体と声がわずかに震えた。

わざわざ弁護士という言葉を出すという事は、訴訟に備えていたという事ではないのか。

つまり、父には責められる原因に心当たりがあるという事だ。




「・・もう三分だ」

父は手首に巻かれた時計を見て言った。

冷静ぶった、眉一つ動かさない態度が感情的になっている梨花の体をさらに熱くした。





「もう一つある!。お爺ちゃんの事!!」


「おい、時間が来たと言っているんだ」


「お爺ちゃんは死ぬ直前、ネバーランドにいた。

お父さんの会社の商品でしょ!

それだけじゃない、今から三十年以上も前――――

Play fun!48が発売されるずっと前から、お爺ちゃんはネバーランドにログインしてた」


父はじっと梨花を睥睨し、それからふっと息を吐いた。







「・・・妄想か?」



「違うッ! うちに来た刑事さんがログイン記録を調べた。

そしたらお爺ちゃんの記録がはっきり載ってた!」










父は、その言葉を聞くと、わずかに眉を動かし、

珍しく激高したように声を張りながら、壇に拳を叩きつけて応えた。



バンッ!!


「まず!!第一に我が社はプレイヤーのログイン記録など一々記録していないし、


第二に刑事が自分の捜査資料をひけらかしたりなどするはずがない。

それに、第三に、お前の祖父がネバーランドをしていたとしても、何の不思議もない。

最近はたたなくなった高齢者が仮想交配(アダルトプレイ)するのが、流行っているらしいしな・・」



「なっ・・」



梨花の目の奥でちりちりと火花を散らしていた何かが、

父の抑揚を押さえたのあざけりの言葉で、一気に炸裂した。

激情が理性を焼き払い、焼けるような言葉が喉から吹き出る。






「なんなの?その言い方っ!? あなたの父親じゃない!!」

さらに言いつのろうとする梨花に、父は再び壇に拳を叩きつけて応えた。




いいか、よく聞け。

「馬鹿娘、次に言いがかりをつけに来る時は証拠を持ってこい。

お前の脳からPlay fun!48を引きずり出して持ってくるといい。できるならな」




警備員っ!!

と彼が部屋の外へ声をかけると、

体格の良い二人の男がつかつかと歩み寄ってきた。

拳銃を持っている事を示すように腰の裏に手を当てている。


「・・・・ッ――-」


それを背に感じながら、梨花はぎゅっと奥歯をかみしめて、自分を睥睨する父を睨付けていた。





「何か知ってるんでしょ、お爺ちゃんが死んだ原因――――」



去り際にそんな言葉を吐く梨花の後姿を、父は何も答えずに睨んでいた。
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