長編夢小説 『 Unusual world 』 

□『第2章』 2話 - 指定第9地区 -
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『第2章』 2話 - 指定第9地区 -















「これで・・よし」

独り言のようにそんなことを呟く。

それと同時に、彼女の持っていた電子端末から、音声案内と思しき声が聞こえてくる。


【 携帯端末より、個人情報承認。

座標X 100,24 Y 29,32。位置情報正確にを受信しました。

これより乗車位置の確認を行い、情報を送信します―― 】




無軌道バス、というのはここ二十年くらいで普及した新しい交通手段だ。

携帯端末や個人認証装置で現在位置情報を無軌道バスのサーバーに送ると、

そのほかの乗客や乗せている客の目的地との兼ね合いを計算して、

もっとも効率の良い経路を算出して自動的に巡回路を決定するという――――

いわば脳みそのついたバスだ。





どこまで迎えに来るか、

どこまで目的地に近い場所で降ろされるかは利用する度に多少ばらつきがあるが、

それでも従来のバスよりははるかに交通の便がいいので今はこれが地上での主流な交通手段だ。





乗車位置で梨花がバスに乗り込むと、

無言で彼女のあとをトコトコとついてきていたハルカも一緒にバスに乗り込んだ。

あれから、彼女はただひたすらに梨花の後姿を何も言わず追いかけていた。


それは、まるで喧嘩してしまった後の姉妹のようで。

無言の姉にどう話しかけようか、そんなことを試行錯誤している不器用な妹。

そんな姿にも見ようによっては感じられる。


玄関での出来事があったあの後。

何か気まずい雰囲気をハルカも感じ取ったのだろうか・・。

嫌、そんなわけはないはずだ。

彼女はあくまで機械。そんな人の心を感じ取るようなまねができるとは思えない。


梨花は、バスの中で隣に座り、無言で外を見つめる彼女を眺めながら、

そんなことを考えていた。



流線型が強調されたフォルムの一般車の群れに紛れて、

見上げた空の形を変えてしまうくらい巨大なビル群の間をバスは行く。

梨花が住む郊外から少し離れた、騒々しいオフィス街だ。

窓の外に立ち並ぶビルの側面はディスプレイになっていて、

それを一面使った巨大な映像広告が華やかに踊っている。

新しい電子端末をスマートに操作する白人男性や、

風味豊かな炭酸飲料が水滴の光るコップに注がれる様子、

ハリウッド製の新作共感映画が壮大な音と共に衝撃的な映像をフラッシュバックする。





『一週間前、

ついに再び姿を現したイジェクターについて真偽が論じられる一方、

その復活に各ネットワーク関連企業が湧いています』



バスの窓からぼんやりとディスプレイを見つめていた梨花は、

一際高い位置にある看板でニュースキャスターがそう言ったのに思わず反応した。

席に沈み込ませていた腰をただし、目を凝らす。



キャスターの映像はすぐに切り替わり、

どこかわからない外国の趣がある街中の映像に変わる。

街の通りを、老若男女、無数の人々が戦争に勝ったみたいに狂喜乱舞しながら行進している。

彼らは皆一様に灰色で無機質なフィルターに覆われたガスマスクをかぶっていて、

それが彼らを無表情な一群に見せている。




・・不気味だ。

特派員らしきマイクを持った男が、

ガスマスクの一群が飛び跳ねたりビールを振りまいたりする最中に飲み込まれそうになりながら、必死にレポートしている。




『一週間前から始まったこの宴は、当局による規制を受けてもまだ止みません。

ネバーランドから『排出者』がいなくなって半年、

たった一人の人間の復活がこれ程願われ、そして祝われたのは、

イエスが処刑されて以来ではないでしょうか』



・・大げさすぎでしょ。

気の利いたコメントを吐いたレポーターに、梨花も思わず心の中でツッコミを入れてしまう。


そして、そのレポーターはあっという間に一群に引き込まれていった。

映像はもとのスタジオに戻り、キャスターは平坦な声で続ける。



『ネバーランドの救世主の復活を祝う声は各地から聞こえてきます。

電子ネットワークが人の生活成り立たせている現代において、

『あの集団』や『ネバーホリッカー達』を救える唯一の存在――。そして――』

そして映像はその他の都市の映像に切り替わる。

いくつもの街やネットワーク企業の人の群れが映し出された。

そこで驚喜する人々の顔には、例外なくガスマスクが被さっている。



イジェクターの復活を祝っている・・そうキャスターは言っていた。

ひとしきり唖然としてから、梨花は視線をそらした。

正直、わからない事だらけである。




イジェクターっていうのはそんなに人気があったの?

全世界から・・?

・・。私は今、いったい何に巻き込まれているのだろう。



思いめぐらす中で、無軌道バスが信号で止まる。

向かいのビルの一面が真っ青に染まり、

そこに黒のスプレーで塗りつぶしたみたいにガスマスクと中指を突き立てたシルエットが現れる。

その下にRespiratorと文字が現れる。

お祭り騒ぎは、どこも同じなようだ。








『どこに向かっているか、そろそろ教えてくれませんか?』



バスがオフィス街に入ってからしばらくすると、

隣の席に無言座っていたハルカが、不意にそう尋ねてきた。

思考推測能力が優れている彼女も、

流石に外に外出なんてめったにしない梨花が出かける場所というのは推測しにくいようだ。




ちなみに家を出てからこれまでの間に、梨花には、

新たに彼女について分かったことがある。

このバスに乗った辺りで気づいたのだが、

彼女はどうやら姿を任意で消したり、変えることができるらしいということだ。

見えなくなるといっても、彼女は梨花の脳に住んでいるため、

彼女の姿は、ネバーランド内の時のように妖精のような大きさになり、

他の人に見えなくなるだけなのだが。



ちなみに現在、家を出る前とは服装も変わっている。

彼女はフリルのついた可愛らしい黒いワンピースに、白い麦藁帽子をかぶっており、

意外と肌の露出が多く感じる格好している。

しかし、肌を露出しているとはいえ、肌も人そのもののようであり、

外に出ても、やはりこれを機械だと思う人は、まずいないだろう。





『・・・・』


そして目の前のハルカは、梨花の目を見つめ、質問の答えを待っているようだ。

しかし、質問には答えず、梨花は声に出さずに『言った』。



「ねぇ、イジェクターって、結局なんなの・・?」

大脳皮質にたっぷりしみこんだナノマシンとマイクロマシンが、

彼女の頭に浮かんだ言葉を読み取り、ハルカにそれが伝わった。

彼女は梨花の体に起こっている全ての変化を敏感に察知できるので、

その言葉を額面通りに受け取らず、

世間がこうしてイジェクターを祭り上げて大騒ぎしているのに戸惑っている彼女の心情を素早くくみ取って言う。



『誰もが成し遂げようとした、その、できないことを成すもの』


梨花がその言葉を聞き、彼女に眼を向ける。

続けて、彼女はエメラルド色のきらきらした目で言った。



『もし、誰も救うことのできないもの、人。

それを救う力を持っているものが、この世にいるとすれば・・

人はそれをヒーロー(
救世主)と呼ぶのではないですか』


梨花はそれに、納得しているのかそうでないのか、

はたまた更に困惑したのか、複雑な表情をしてから、また窓の外に眼を向けた。




・・・結局どこへ向かうのだろう?

その後少しして、ふとそんなことをこのAIが思ったのは、言うまでもないだろう。

ハルカは彼女の横で、彼女の横顔をじっと見つめながら、椅子から垂れ下げた足をぶらぶらと揺らしていた。








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