長編夢小説 『 Unusual world 』 

□『第2章』 1話 - 奇妙な同居人 -
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もっとも、だからといって彼女が全くの無害なのかというと、やっぱりそうではない。






『あの』


「今度はなに?」




今度の言葉は、棘はなかったが、おそらくうんざりした気分が上乗せされていた。

彼女と過ごす一週間。

私は、ほぼこうして毎日質問攻めだった。

そして、何から何まで興味を示す彼女の言動に、危うくノイローゼになりそうだった。



最初は律儀に答えていたが、

基本、彼女の質問ときたらまるでアンケートに答えてるみたいに平坦で無機質なのだ。

返事をしたとして、それに彼女が何か反応を返すわけじゃない。

とにかく、一方的で、まさに機械と話している気分だった。



『・・その、足』


瞳をかしゃかしゃと色濃い群青に変えた彼女は、わずかにためらったようだった。

おずおずと、梨花の義足を指す。



『義足に、したんですか』

少し考えてから、梨花はなんだか奇妙な言葉だと思った。

彼女の物言いに、再び何か違和感を感じたのだ。



なんだろう?

何が変だったんだろう? 

その違和感の答えにたどり着く前に、彼女が口を開く。




『いつ?』

「・・たしか、10歳前後の頃。治る見込みないし、歩くのに邪魔だったから」

ハルカは梨花の足をしばし見つめてから、そう、と短く応じた。



彼女の視線があまりにじっと――

思い詰めたように注がれていたので、動きづらくなってしまう。

人工筋肉の義足がそんなに珍しいのだろうか。

このバイオテクノロジーが駆使された義足は、現代においてはわりと一般的な品だと思う。

人工筋肉が随意神経の電気信号に反応して動くので、

自由自在に健常者と同じように動かせるという触れ込みで世間に溢れているのだが、

いざ装着してみると何の事はない、動かそうと思ってから実際に動くまで、

まるでしゃっくりみたいにタイムラグが生じるので、町中を歩くと、すぐに義足である事が知れてしまう。




『痛く、なかったですか』

ハルカが、無表情を珍しく困り顔に変え、

視線をじっと義足に注いだままつぶやいた。

瞳の色は冷たそうな青色だった。ほんと変な事を訊くAIだ。

その質問に梨花が首を振って返すと、彼女は短く、つぶやいた。




『そう・・』

瞳の色が、微かに煌めいていた。








       ・




       ・




       ・







『出かけるんですか』



午前九時――

普段だったら量子ネットを介した通信教育でも受けている時間だ。

ハルカがいぶかしげに尋ねるのも無理はない。

こんな時間に梨花玄関にが立つなんてこと、祖父が亡くなる以前からもなかった。

梨花はじっと、外へと続く扉を見つめていた。

その傍らで、ハルカが不思議そうな顔をして、身じろぎもせず立ち尽くしている。



玄関の扉はすりガラスになっていて、

外の陽光の日射しが、にじんだ乳白色になって、光を降ろしていた。

音もなく舞う埃が、きらめいている。




その光を見つめていると、梨花は自分の体から違和感がわき起こるのを感じた。

その正体はすぐにわかった。

震えているのだ。


あちらも私にとっては異世界・・。


外の世界の光を、恐れている。

まるで吸血鬼だ。陰の世界に潜む、醜い化け物――――

ぎゅっと、拳を握りしめた。






黒い魔導士のようなフードを深くかぶった。

それから一歩脚を踏み出そうと思ったが、体が緊張して、うごかない。

こわばった筋肉が震え出すのだ。

首から上からさっと熱の気が引いて、冷や汗がにじみ出す。喉の奥で、小さく毒づいた。






・・あれがなきゃ・・。あれを。

そんなことを思い、震える手で玄関脇にあった灰色の煙草入れ(シガーケース)を手にした。

震えるその手でそれをわしづかみにすると、乱暴に中身を取り出す。

細巻きの白い包みが、ばらばらと床に転がる。

なんとか一つを手のひらの上に落とすと、それを唇ではんだ。




『――待ってください』


ライターに点した火を、口にくわえた包みに近づけようとした時だった。

急に、手を捕まれる。

春先の陽光の温もりとは正反対の、朝霜みたいに冷たい手の感触。

見ると、ハルカが細い指をライターを持つ手首に絡みつけていた。

相変わらずの困り顔に平坦な声色だったが、目を見ると、

ぎゅっと瞳が引き絞られていて、非難の色が微かににじんでいるのが分かった。




『梨花。それが、何か分かっているんですか』

「スウィートスモークだよ」と、梨花は短く答えた。



ハルカはその大きな目でじっと梨花を見据えると、

ゆっくりと、桜色の薄い唇を動かす。 


『それは、麻薬ですよ』


そんなことは分かっていた。

21世紀初頭まで、この国では大麻と呼ばれていた麻薬が、

このスウィートスモークの出自であるのは、今時小学生でも知っている事だ。





深い鎮静効果、多幸感、

ゆるい無気力感をもたらすこの"甘い煙草(スウィートスモーク)"が解禁されたのは、

梨花が生まれる前、戦争後に大量に外国人が流入してきた時代だった。

政府の機能が見直され、規制が緩和された結果、大麻は16歳以上なら誰でも吸える嗜好品になった。



昔ながらの愛煙家(オールド・スモーカー)は無煙煙草(モスレム)や、

この甘い煙草(スウィートスモーク)を子供の吸う物と敬遠するが、

精神に作用する効果は煙草よりずっと強いので、

愛煙するというよりは依存するように好んで吸う人間は多かった。





「これは合法だよ」

梨花はハルカのひんやりとした手をどけると、包みに火をつけた。

ゆっくりと、深く、煙を吸い込む――――

ハルカが何か悲しそうに目を押し開いてそれを見つめていた。





次第に体の緊張が解け、震えが収まった。

右手をかざしてみると、痙攣しているかのようだった手の震えが、

だんだんと小さくなるのがはっきりとわかった。




『・・いつも吸ってるんですか』


背後でハルカがそう尋ねた。

梨花はゆっくりと息を吐いて落ち着くと、玄関に脚を踏み出した。

今度は動いた。ランニングスニーカーに足を突っ込み、靴紐を結びながら

「昼間に、外に出る時とか、震えがきつい時とか、そういう時だけ」


『外に出るのに、薬に頼っているんですか』

 矢継ぎ早に質問。


またこれか――彼女の声色には棘もないし、

咎めるような調子でもなかったが、少しうんざりした。





ただの質問程度なら、いい。

けど自分のしている事に、口を出されるのにはあまり快くは感じなかった。




しかし、麻薬に頼らねば、外にも出られない。陰の世界で生きる自分には当たり前のこと。

そう割り切っているつもりだ。


梨花もまた、身体が。そして心が、世界に蝕まれる現代人の一人であること。

そして、今やその感覚は当然のように麻痺しているのだ。






『梨花。それは身体に有害「私はいいの。だから気にしないで」・・』


言葉を選ぶのが面倒で、低く、冷淡な口調で一番短くて棘の鋭い言葉を投げつけた。

フードを深くかぶり直し、陰の世界の空気を吸い納めるように大きく深呼吸して、玄関を出た。




背後から、彼女がついてくる気配がした。


    







‐ To be continued -
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