長編夢小説 『 Unusual world 』 

□『第1章』 8話 - 時と炎の支配者 -
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自分を取り囲む歓声に、イジェクター――――桜汽 梨花は只々圧倒されていた。






まさに。

なんだこれは。その一言に限る。


引きこもりから一転、待ち受けていたのは大歓声だ。


眠っていた感覚が雷に打たれたみたいに呼び覚まされる。

久しく味わった事のない、みなぎるような感覚が全身にふつふつとわき起こった。









ハルカは『イジェクターは、歪んだこの世界。ネバーランドの救世主』と言っていた。



もしかしたら、観客は皆イジェクターの存在を既に知っているのだろうか。

だとしたら、責任重大である、そう思う。











『ゲーム、始まります』

緊張した声がした。



再び宙に浮かぶ半透明の妖精になったハルカが、梨花の視界に滑り込んできた。



『 時間は約15分間、その間に相手の体力を0にして、彼女をゲームオーバーにしてください。

これが唯一の勝利条件です。ただし、逆にこちらが体力を0にされたり、

タイムオーバーした場合は、彼女の中毒症状(アウターホリツク)に取り込まれて・・』



心中ってことか・・。

言葉にせず、そう思っただけだったが、ハルカにはそれが伝わったようだった。

彼女は困り顔で急速冷凍したみたいな表情をこくりと動かした。  







『あと、今は目の前の相手を義妹だと思わないことです。』


「・・。どうゆうこと?」


『あれは、今や偽りの彼女の姿をかぶった悪魔のようなものです。

現実の身体を蝕んでいるそれだけの存在。

ですから、首をはねようが、真っ二つにしようが何も問題はありません。

遠慮は無用ということです』




「そんなこと・・」

・・・義妹真っ二つ・・。考えただけでもとんでもない、身震いがする・・。



『梨花。言っておきますが躊躇したり、侮っているとあなたが真っ二つにされますよ』


「・・っ、それは、勘弁だけど・・。」



ハルカの言葉に苦笑いで向かいのコーナーを見ると、

もたれ掛かっていたゆりあと思しき姿の者が、身を起こした所だった。

一瞬だけ、凄惨な笑みを浮かべていた気がする。

右半身を前にして、半身の体勢を取る。

麻痺の残る左半身は動かない。

この不利な条件を覆すために、一気呵成に襲いかかって終らせるつもりだった。



対するゆりあは、あの大剣を引きずりながら、

モデルみたいに腰を艶めかしく揺らしながらリング中央に歩み寄った。

小ぶりながら豊かな胸を強調するように背伸びする。

そのたびにいかがわしい歓声が上がった。





馬鹿な事はやめてと叫びたかったが、

彼女の目はあの瞳孔が開閉するとりつかれたような瞳をしていて、言葉は届きそうもなかった。

梨花は祈るように心に誓った。


助ける・・・絶対に。




「あなたを、排出(イジェクト)する・・」

小さくつぶやく。マスクに押しつぶされてくぐもったその声が、自身の耳に届いた。









【 レディ――ファイト!! 】


審判の高らかな宣言と共にコングが鳴った。



次の瞬間、人間離れした動きでゆりあの体が視界の内から消えた。


『梨花!下がって!』

ハルカの声にとっさに反応し、慌ててバックステップを踏む。

すると砲弾のような速さで黒い影が下から上へ消えていった。

義妹の体は、瞬きの間もなく梨花に肉薄していて、

今の砲弾は彼女の剣筋だと気づいた時には、

あの身の丈ほどはありそうな大剣の刃が再びサイドからこちらに迫っていた。


態勢を立て直す暇はない。

跳ね飛ばされるのを承知でを迫る刃を細身の赤い刀身で防ぐ。

大きな金属音と共に、手にすさまじい衝撃が走り、バランスが崩れると同時に何とか斬撃を防ぐ。





しかし、剣の動きばかりに目を取られていたようだ。

ゆりあの連撃は止まらずに、右中段の蹴りが迫ってきていたが、

気づくのに遅れ、避けたと同時に後ろにふらつく。

その瞬間、背中はもうコーナーロープに当たってしまった。

そして、それに気をとられたのが命取りだった。





やばいっ!!

目の前の義妹の姿をした悪魔は、その隙を見逃がさず、

梨花の頭を反対の足で蹴り飛ばすと、持っていた剣で彼女の左腕を突き刺した。



「・・・うっぁ――――――」

言葉にならない悲鳴がリング上に走った。

格闘術でも何でもない粗雑な一撃だったが、頭にはハンマーでも叩きつけられたような衝撃が走った。

左腕の感覚(痛覚)が麻痺していたことにこの時ほど感謝したことはないだろう・・。


しかし・・、これほどだとは・・。






『ネバーワールドでは、痛みは現実と同様に感じます。

切られれば血が出ますし、殴られれば痛みで意識を失うこともあります』


ふと、試合前のハルカの言葉が頭をよぎった。





・・・まずい、足が・・。

膝をつき、意識に空白ができる。目は見開かれ、時折呼吸が止まりかけた。

たたらを踏んだ梨花に、義妹の姿を偽った悪魔は動かない左腕から剣を引き抜き歩み寄った。

駆け寄るわけではなく、歩み寄る。

なめられているが、梨花に反発する力はなかった。




再び、彼女の蹴りが見えたが、よける事はできず、もろに鳩尾につま先が入った。

受けた衝撃は、とても少女のものとは思えず、大人の男とて余程訓練を積んでいなければこんな重い一撃は与えられまい。









『こちらのライフが20%減少、位相電位を抑制中――――試合前にもいいましたが、

彼女は現実の彼女ではありません、油断しないで!』


梨花は致命的な思い違いをしていたのを思い知った。

ここはネバーランドであって、

現実の世界の法則は何一つ通用しない。


現実と同じようなリーチの取り方や、攻撃の重さの予測は、何の意味もない。

目の前にいるのは、

四日と二十三時間四十五分以上勝ち続けてきた化け物じみた歴戦の強者であって、

義理の妹でもなければ、気弱なウサギでもないのだ。







え、弱いじゃん・・。


大丈夫なのあれ・・?


そんな困惑の声が観衆から漏れた。返す言葉も、余裕もない。



悪魔は膝をつき苦しそうに肩で息をする梨花の首をつかむと、軽々と持ち上げた。


そして悪魔は梨花の喉にそっと唇を寄せると、「ごめんね・・。お姉ちゃん・・。」

そう誰にも聞こえない声で囁き、突然かぶりついた。




衝撃と共に梨花の視界が真っ白に染まった。
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