長編夢小説 『 Unusual world 』
□『第1章』 7話 - 外側中毒(ネバーホリック) -
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現実の、苦痛・・・?
・・彼女は、家族を欲していた。
梨花の頭に、今朝の記憶が蘇る。
これまでに何度かあったのと同じような彼女の食事の誘いを、
もう二度と来ないよう、自身でも思う手ひどい言葉で拒絶した。
たしかにそうした――だが、それが、彼女を自殺に追い込んだ?
そんな簡単な事で?
義妹が・・。・・彼女が死ぬ?
恐ろしい予感で冷たい汗が額を滴る。
自分が見ている現実の向こう側には、生きている人間がいて、
そこには、自分ではどうしても見えない陰があったのではないか。
ゆりあは少々落ち込んだだけのように見えた――――
だがもしかしたら、彼女はその陰で苦痛にもだえていたのかも知れない。
突然家族を失った悲しみを抱えきれずに、一人で泣き崩れていたのかもしれない。
その彼女が幼子みたいに差しだした手を、自分は――――
私は・・・。
その答えに頭の中でたどり着いた時。
梨花の身体は何とも言えぬ罪悪感に苛まれた。
『・・・。これを』
そんな時、ハルカは真っ赤なタスクウィンドウを空中から取り出して、梨花に見せた。
14:56と表示されていた。
『時間がありません。もし――――彼女を助けるのなら』
彼女を助ける?
私が・・?
途端、その事実が突然と実体をともなって梨花に襲いかかってきた。
残り約1時間ほどで彼女は死ぬ。
それを止めるには、自分がわけのわからないヒーローになって彼女を救わなくてはならない。
このリングの上に立って、彼女を打ち倒さなくてはいけないという事だろうか?
そうしないと、死ぬ? 彼女が?
そんな事、私なんかにできるわけない。
片手も、片腕も動かないのだ、そんな事、できるわけ――――
その瞬間、心の中の闇がうごめいたのを感じた。
「私は・・・」
ハルカが言葉を発した梨花に目を向ける。
彼女はうつむいたまま、恥辱にまみれて身動きできないみたいに、じっと立ちすくんでいる。
瞳はどこか光を失ったように一点を見つめていた。
「・・・私は、日の下にいちゃ、いけない人間、なんだ。
昼の世界の人間じゃない。
日陰者の、陰の世界の住人なんだ。
私みたいな奴が、昼の世界に手を出す権利ない。
私はただ、陰にこもって、じっとしているべきなんだ。あの屋敷で、一人で――――」
自分でも何を言っているのかわからなかった。
全身が無力感に飲み込まれる。
できるものか、誰かを助ける事なんて――――
胸の内で、誰かが囁く声がする。
【今までお前が誰かを救った事なんてあるか?
お前は自分一人で生きる事すら出来なかった。
助けられる側だったんだよ、お前は。そんな人間が、ゆりあを救う?
自分の事すら満足に出来なかったお前が? 無理だ。あきらめろ。
今までだってそうしてきたんだ。
腕も足も動かない自分を哀れんで、昼の世界を拒否しただろ?
未練たらしく誰もいない明け方にランニングなんかして、昼の世界にあこがれていたくせに、
義妹がさしのべた優しい手を、つまらないプライドのために振り払っただろう?
お前は逃れられない檻の中に自分から入ったんだ。
誰の救いの手も期待できず、誰かに手をさしのべる必要もない、自分勝手で、一人っきりの檻の中に。
お前は、陰の世界の住人なんだ。
お前は誰も助ける事なんて出来ない・・。】
そんな考えに、梨花が飲まれそうになった時いきなり彼女の耳に別の言葉が響いた。
『梨花!ここは外側の世界(ネバーランド)』
心と脳に、ハルカの声が凛として響いた。
『昼でも陰でもない。あなたが何者であったのかなんて関係ない――――
ここは現実の外側にある世界(ネバーランド)なんです』
導かれるかのように、梨花がゆっくり顔を上げると、
ハルカは黄金色の瞳を静かに輝かせていた。
『ここにあるのはたった一つの事実だけ。
この世界にも、現実の世界にも、どこにも、ネバーホリッカーを救える者はない。
救急車を呼んだって彼女は助からないし、警察を呼んでも、軍隊を呼んでも、彼女は救えない』
ハルカは言った。
『梨花!あなたです、排出者(イジェクター)のあなたにしか彼女は救えない!』