長編夢小説 『 Unusual world 』 

□『第1章』 6話 - 真実と陰影 -
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『第1章』 6話 - 真実と陰影 -




















「わたし・・生きてる・・?」




意識が突然急浮上した。



光の届かない深海から、一気に引き上げられたかのようだった。




・・・・!!?


何が何だかわからず、

あたりを見渡しているうちに、自分が今までずっと息をしていなかった事にようやく気づいて、慌てて空気を吸い込んだ。


だが、思うように空気は喉を通らない。

まるで、口と鼻に綿でも詰められたかのように息苦しい。

その上、呼吸する音がくぐもって頭に響く。




「げほっ、げほっ・・。

はぁ、スー、ハー・・スー。」

むせながら、ずいぶんな時間をかけて、なんとか体に酸素を行き渡らせた。










「ここは・・?」


と、充分に落ち着いてから身を起こすと、

そこは見た事もない、巨大なドーム状の中心部だった――――



梨花は頭を振って、意識をはっきりさせる。



見た事がある、この光景――――はっと思い出す。

何を言っているんだ、祖父の部屋から続いていた、

得体の知れない巨大な地下施設じゃないか。



私は辺りを見渡し、寝ぼけていた自分の感覚を呼び起こす。


「・・・・」


でも。何かが、違う。

そんな違和感があった。



記憶の中のあのドームと、

今、目の前に広がるこの光景は、どこか一致しない。


なんだろう、なにかが・・違う。

そう、例えるなら、息づかいだ。この空間には、息づかいを感じる。

自分だけの物じゃない。まるで、この空間全体が生きていて、じっと息を殺してこちらを見つめているような――――







コツ、コツ。


「!?」ビクッ


いきなり背後で音がした。

硬質のブーツのかかとが、硬い床を踏みしめる音。

人の気配なんてまるで感じていなかった。

思わずはじかれるように振り返り、そして、私は身動きできなくなった。


手がかかるような距離に、人の丈ほどの巨大な黒い滴りがたたずんでいたのだ。

まるで墨汁を垂らしたような人影だった。

薄暗いドームの陰に滲んでいる。





「・・・ぇ・・。」


口をパクパクさせ息もできない梨花に、影はにじり寄ってくる。

水の底から浮かび上がってくるように、顔面と思われる部位がせり上がってきた。



「ぇ・・なに!?」


思わず一歩、下がった。

その顔は、祖父の部屋で見つけたあの、髑髏だったのだ。

髑髏は黙って彼女を見つめていた。




し、死神だ。


私は瞬間的にそう思った。

黄色やどす黒い染みのついた髑髏はとうてい作り物には出し得ない現実(リアル)さがむき出しだった。

黒いフードで顔を隠すのも、昔本の挿絵で見たものとそっくりだ。

ぽっかりと開いた目が、見透かすような目を向けている。息が詰まった。






『イジェクター』

死神は低く、しわがれた声で――――いや、違った。

低くもなければしわがれてもなかった。

ソプラノの、綺麗な可愛らしい声だった。

外見とはえらくギャップのある声だ。




な、な、なんなんだ。この死神は・・

パニックを起こしかけていた梨花はすんでの所で立ち止まって、困惑した。





「――――あ、あなたは、誰!」

かすれた声で、やっとそれだけの声が出た。


その声を聞いてか髑髏は歩みを一旦止めるとじっと彼女を見つめていた。

でも生憎髑髏に覆われていて、表情は読み取れない。

だが、向こうも困惑している雰囲気だけは伝わってきた。






「・・・」コツ、コツ。


「へっ!?あっ、ま、まって」

しかし、髑髏は少しの静寂の後再び無言で梨花の方に歩み寄ってくる。

思わずこういいながら後ずさるが、向こうの方が歩くのは速かった。


その姿は、髑髏をむき出しにした真っ黒なローブを身にまとった死神の姿そのものだったが、近づいてくる毎にそうではないとわかった。

ローブだと思っていた物は旧世紀のミリタリーコートで、

それが小柄な体をすっぽりと覆っていたのだ。首にはなぜかえらくごつごつしたヘッドフォンをかけている。

戦闘機を運ぶ船・・・たしか空母とか言う名前だったと思うが、

あの搭乗員がかけているアナログな通信機器に似ている。

無骨な型だったが、耳にかかる所が天井の光にきらきら輝くワインレッドに塗られていた。



怯えながらもそんなことを思っていると梨花の見ている前で、

そのコートの裾が、まるで生き物のようにするすると縮んでいく。

裾はどんどん短くなって、髑髏の膝上くらいまでになった。

裾の下からはむき出しの細い華奢な足が見え、黒のタイツと思われもの身に着けて、

よく見るとすらりとしたそれは、ブラウンカラーのファッション系のブーツに締め付けられている。

そしてコートの下には、なぜかスカート――――ではなくキュロットスカートを履いているようだった。

それはふと以前目を通したことがある広告に載っていた、

最近流行のプリなんとかという、材質の可愛いらしいもので、滑らかな光沢を放っていた。



・・・。も、もしかして女の子・・?



そんなことを考えていた矢先、

彼――彼女?――は本当に、鼻と鼻が触れあうような間近まで迫った。


「ひっ!?」


思わず身をそらそうとしたが、がっしりと双肩を捕まれて動けなくなる。


『動かないで』


「は、はい!」

パニックになり身を揺らす私を、彼女はそう言って静止させると、髑髏に手をかけた。

仮面をはぐように、髑髏がその手に落ちる。

目を見開いた梨花の前で、彼女が頭を振って、フードを取り払った。

中から現れたのは、どこかで見た覚えのあるような顔をした綺麗な顔をした少女であった。

髑髏を外し、黒いフードを取り払ったその姿、どこからどう見ても死神ではなく普通の人間である。




『こっちを、向いて』

初対面なのに遠慮もなにもあったもんじゃないと思いながらもその言葉に従う。

そして声からして女だろうとは思っていたが、思った以上に若い。




同年代か、私より少し下くらいだろうか。


髪はショートボブに近い長さで梨花同じ淡い栗色の髪をしている。

すらりとした肌は健康的な明るい乳白色。

すっきりとした鼻筋に、ほんのり桜色に染まった頬と唇。

何より、目と表情が印象的だった。

ぱっちりと開かれた細め二重の特徴的な目は、揺らぐように瞳が煌めいている。

そして、どことなく困り顔というべき彼女の表情は梨花に対する警戒心の表れからなのだろうかそれもとも――――−。


そんなことを考えて、彼女の顔を再度見つめてみる。

それに真正面から、自分と同世代くらいの女性に、こんなにまじまじと見つめられたのは初めてだった。

そんな時ふと、奇妙な事に気がついた。

梨花の顔を反射しているその目が、きらっと瞳孔の奥に小さな光を見せると共に微妙に色を変え、瞳孔が閉じたり開いたりしている。




え、なに・・・?


思わず、興味本位でじっと吸い込まれるように彼女の目を見つめてしまった。

これは錯覚だろうか?

瞬きを何度かくりかえしたが、

彼女が非難するように目を細めたのでやめた。

彼女の目は暖炉を背にした水晶のように気まぐれに色を変え、またたいた。




っていうより、改めて思うけど、なんなのこの子・・?人間・・?


こんな風に疑問を頭に浮かべている梨花から、

不意に顔を離した彼女は、こちらの顔をまじまじと見つめた。

そして両肩にかけていた手を梨花の頭の後ろに回した。


「へ?あっ、ちょっと!」

いきなり頭を抱えられ抱きつかれる形となり梨花は顔を赤くしあたふたしたが、

目の前の彼女は気にせずに、後頭部で何かをいじっているようだった。


すると、がぽ、と空気が抜ける音がした。

唐突に視界が開ける。なにを?と思っていると、

自分でも今の今まで気づいていなかった圧迫感が顔から離れた。



その瞬間、ゴム質の、仮面のような何かが、自身の顔からはがされるのが見えた。
 
鼻と口、それに耳の覆いが取れ、清涼な空気が喉の奥へ流れ込んできた。

地下室の匂いは仮面越しにかぐよりも何倍も濃密で、思わずむせそうになった。






レンズ一枚を隔てて見ていたらしい景色に、鮮やかなコントラストがついた。

大人のままこの世に生まれくると、こんな気分なのかもしれない。

死神?らしき少女が梨花の前に体をもどした。

その手には、ガスマスクが握られていた。

ガスマスク? まさか、私がかぶっていたのはこれなのだろうか。

どうしてこんなものを――――



そう思っていると、少女の顔がすっと視界に現われた。

彼女は厳しい疑いの目をこちらに向けていた。

あらわになった梨花の顔を見つめて、さっと瞳を震わせる。




『どうして、ここに――――』


それっきり、彼女はじっと、梨花を見つめ続けた。
 
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