長編夢小説 『 Unusual world 』 

□『第1章』 3話 -  Never land -
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『第1章』 3話 - Never land -












現れたその老人がさしだした手帳には、金色の菊の花が一輪咲いていた。

花の下には老人の名前が印字されている。

『特務科 島崎史郎 "刑事"』



仏壇の鉢形の鈴を叩いた老人――

史郎警部は義理とは思えない程長く遺影に頭を下げ続けた。





「今後はお父上のところで暮らされるのですか」

祖父へ線香を上げ終った老齢のその刑事は、

ロウで固めたようなシワだらけの顔をじっと梨花に向けてそう言った。

低くしわがれた声は酷くかさついていて、

喋る度にマイクが誤作動したみたいな細切れの音がした。




仏間の長机を挟んで向き合った梨花は口を開かず、首を振ってそれに答えた。





「では、どなたか引き取り手が?」


「・・・・。」


私は視線を膝の上に置いた手に落とした。

そして、麻痺した左手を、そっと右手の上に載せる。

吊り布に隠れていたが、その下に置かれた右手は固く握りしめられ、こわばっている。

そうしていないと、緊張で今にも全身が震え出しそうだった。






――――老人とはいえ、祖父や父以外の男の人間がこの家に来る事など、今日まで考えもしなかった。

いざ対面して他人と向き合うと、相手が何をし出すのかまったく予想がつかず、

得体の知れない異様な程の巨大な恐怖を感じて、体が震えた。







結局、私は質問に答える事は出来なかった。

答えたくもなかったが。そうしていると、史郎はどうとったのか、

またかさついた声で

「大変な時期にお伺いして申し訳ありません。

今は桜汽?――梨花さんでしたかな」


「ええ、そうです」


何でこの人、私の名前知ってるんだろう・・。

少しビクつきながらそう思ったが、尋ねる事はしなかった。



そして差し出された警察手帳を思い出す。

この男は刑事なのだ。名前くらい簡単に調べ上げるだろう。




それよりも、梨花とは思う。

問題は刑事がなぜ線香なんてあげに来るかという事だ。











「・・・生前、お爺さんに変わった事はありませんでしたか。

何らかの政治的な活動をしていたとか、交際していた方がいたとか」


これまた変な事を訊く。

何をしに来たのか言わない気なのだろうか。






「・・・。」


ならば、こちらから聞いてみるしかない。



「お――お爺ちゃんは何か事件に関係していたんですか。

誰かに殺されたとかな訳でもないと思いますけど・・。」




声は緊張で酷くこわばっていて、情けない程かすれていた。

梨花が奇襲したつもりのかすれ声に、史郎刑事は答えず、

居間の長机にあった灰皿をたぐり寄せて、煙草に火をつけた。



「ええ、そうでしょう」

彼はそれだけ言うと、煙草が半分になるまで黙ったままだった。










「時に・・。Play fun!48というのはご存じですか」



そうこうしていると史郎刑事は、また唐突に口を開いた。

苦しまぎれにお茶をすすりかけていた梨花は、

一瞬呆然とし史郎を見つめ、

それから、苦々しい思いでその名を反芻した。



手にした湯飲みを机に置き、その水面に広がる波の環を見つめる。



Play fun!48――こんなところで耳にするとは思わなかった。
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