長編夢小説 『 Unusual world 』 

□『第1章』 2話 - 陰の世界 -
2ページ/3ページ







梨花は仏間を抜けて、二階の自室にもどる。







「・・んーと、、ひゃ!?」


気分転換に窓を開けると、

無数のタスクウィンドウや宙に浮く半透明の有名人、

ホログラムの通販商品が、部屋の中になだれ込んできた。





「あーー・・、ほっといたままだったっけ。」


都会のど真ん中に立っているかのように、突然老若男女の声に辺りを取り囲まれる。

昨日のサッカーの結果だとか、天気だとか、悲しいニュースだとか、政治家の汚職だとか、

芸能人のスキャンダルだとか、

代わり映えしない情報がキャスターの映像やワイドショーの映像だとかにのって漂ってくる。




高らかに歌う歌姫――

springだとかいう少女が、半裸に近いドレスを揺らして新曲を歌っている。

近くにある全国チェーンのカレー屋が春期限定桃カレーの旨さを調理風景を交えて道行く人に教えて回る。

この地域に多大な社会貢献をしているとV-tec Life社がさりげなく美しい音楽と共に空に虹色のロゴを打つ。



アイウェアを外した。

全て消え去り、水を打ったような静寂に包まれる。





綺麗な空・・。

ふふ、今日は当たりかな。


そんなことを考え、少しリラックスしたように頬を緩め、小さく笑顔を浮かべる。

見上げた空は染み一つ無いまっさらなコバルトブルー。

まどろむような春の匂いがした。

肌の下にしみこむような、陽光の温もりを感じる。

見下ろす街はいつもの静かな朝を迎えていて、

ぽつぽつと起こる喧噪以外には、やかましい音も、空飛ぶ人のホログラフもない。







情報偏在社会(ユビキタス)――――受信装置を身につけていれば、

目に入る空間全てから情報を知覚できる社会は、

およそ二十年前、梨花が生まれる四年程前に生まれた。

以来膨大な情報が世界を席巻し、

所かまわずがなり立てるCMや空いっぱいに広がる広告が世界にあふれかえった。



しかし、梨花は、この便利な世の中を決して快くは思わなかった。

溢れた情報に埋もれた街を見るたびに感じるのだ。

まるで、人生という道に頼んでもないのに看板が次々に立てられているという。

そんな気分を。

だから、こうしてグラスウェアを外して感じる空っぽな静寂の方が、梨花は好きだった。





・・ん。

ふと、屋敷の中庭の向こう、家の敷地と外の世界を隔てる白壁の向こうに、スカートがはためいた。

桜並木が薄桃色に吹雪いていて、その合間から、

沸き立つような笑みを浮かべた女子高生の姿が見えた。

彼女たちのはしゃぎようからすれば、きっと入学した高校に初登校といった所なのだろう。

桜吹雪にまぶしそうに目を細めている。

楽しそうなその姿を目に入れてしまった私の胸の内に、じわりと嫌な感覚が広がった。

不安と、劣等感、ほんの少しのねたみ、そういうのが入り交じった、ドブ水みたいな感情。

陰った部屋の中から、明るい日射しの下で跳ねる笑顔をのぞき見る自分。




私は現在19歳。


もし、あたりまえに生まれていたのなら、

あの頃、本当ならあの輪の中に入っていただろう。

いや、入ろうと思えば入ることはできたのかもしれない・・。

でも、そうしないことは、私自身が選択したのだ。




わたしなんか・・。

そんな気持ちが胸の中を渦巻いた。


酷いコントラストがある気がした。

どこにも所属していない宙ぶらりんな気分。

なるようになれ、そんな投げやりな気分。






ピンポーーン。


そんな時、こんな音と共にふと、屋敷の入り口に人影がたった。


・・・来た。


梨花はウンザリしながら、その人影が押したチャイムの音を聞いた。

そして、うなだれたままアイウェアをかけた。
次へ
前へ

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ