長編夢小説 『 Unusual world 』 

□『第1章』 1話 - 鉄と首輪 -
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『第1章』 1話 - 鉄と首輪  -

















朝。

コール音がした。





「・・ん。何の音・・」

ガバっと、電気ショックでも加えられたみたいに目が覚める。




体育館みたいに高くて広い天井、

ワックスの引かれた木床の冷たい感触、

四方の壁に並ぶ採光窓から射す朝の柔らかな日射し。

窓枠に止まったスズメが、ちゅんちゅんと井戸端会議をしながら、飛び跳ねている

彼女――桜汽 梨花が身を起こし、辺りを見渡すと、そこは武道場だった。





ただっぴろい空間は静謐で冷涼な空気と、かすかな木の匂いに満たされている。

梨花の所作に合わせて床が音を立て、その音が張り詰めた空気に反響する。

ぼんやりとした頭で「ここは・・」と考えて、思い出す。

祖父の屋敷の、離れにある武道場だ。

天井際にずらりと並んだ採光窓から、陽光が目を突き刺さっていた。

その光を手で遮りながら、壁時計を確認した。

デジタル表示のそれが音もなく針を進めている。

手をかざすと、薄いブルーの立体映像(ホログラム)が宙に文字を描き出した。



<A・C.2078 April 08:32........ >






私・・何をしていたんだっけ。





寝ぼけてそう考えた。

頭にかぶっていたフードを払った時に記憶が蘇る。




そうだ、夜が明ける前、外にランニングに行ったんだった、

そんで・・。そのあとここで竹刀をふってて――。



どうやら、ここに帰ってきてから、

倒れ込んで横になっている内に眠ってしまったみたいだった。

汗びっしょりになったウィンドブレーカーが、春先の風にあおられてかすかに揺れる。

少し、肌寒い。






「あー。」


立ち上がりざま、武道場の片隅にある鏡に映った、自分の姿を見る。

硬い床での睡眠は、酷い寝不足と体力消耗を引き起こしたらしい。

憔悴しきって、目元には、白く雪のような肌には不釣り合いのクマが目立っている。



はぁ。ひどい顔・・。



そんなことを思い、右手で顔をぬぐう。

左手は体の前で吊っていて、

灰色の吊り紐がぶらぶらとゆれていた。

動かないのだ。幼少時に麻痺して以来、ぴくりとも動いた事はない。




「あっ、コール鳴ってるんだっけ!」

けたたましいその音が、かすかに屋敷の居間の方から聞こえる。

梨花はうっとうしそうにその音源に目をやって、それから、胸元に手を伸ばした。

そこには透明のプラスチックで出来たアイウェアが入っている。

研究者や技術者がつけるようなしゃれっ気のない無骨なそれを、耳にかけた。

途端、梨花の周囲にコバルトブルーで半透明のタスクウィンドウが浮かび上がった。

子供がはしゃぐような電子音がする。

ウィンドウは彼女の周囲をビーナスの誕生を祝う天使達のようにくるくると舞い踊る。

それぞれのウィンドウには透き通るような声で歌う歌姫が立体化されていたり、

降水確率とNMエーテル濃度をグラフにして解説している気象予報士が動いていたり、

飛び出すアニメーションが新商品の名を叫びながらうるさくぴょんぴょん跳び回っていたりする。


開きっぱなしのウインドウのうるささに頭を抱えながらも彼女は、静かな声で言葉をささやいた。
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