Linaria本編
□事件1「最悪な上司」
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やけにしっくりとしていて,
どこか遠い地を思わせるようなドアを開けた彼女ーーアリス=リデルは目の前に飛び込んできた光景に深いため息をついてみせた。
「またですか・・」
赤い皮製の高級そうなソファにだらしなく寝そべっているのは彼女の上司ブラッド=デュプレ、その人だ。
「早く起きてください!」
おもむろに服を掴んでは体ごとユサユサと揺らす。
「ん・・」
サラリと髪が揺れて、ゆっくりと開かれた紺碧色の瞳が彼女を捕らえる。
そして完全に彼女が誰なのかを理解したであろう彼は不機嫌そうに顔をしかめる彼女に対して、こう言い放った。
「お嬢さん、後少しだけ寝させてくれ」
※・・・※
某所
ハートの警察署
最近新しく出来たと言われ、独自のスタイルを持っているとされるその警察署にアリスが配属されたのは3ヶ月前の事だった。
早く家をでて独立した仕事に就く。
そういった理由から警察を選んだ彼女は、そこが自分の第二の家となるような、そんな良い職場であることを願いながら配属初日、
胸をはずませ警察署に赴いたわけなのだが・・
・・・・・
「起きたなら早く着替えてください」
やっと目を覚まし、まだ眠いのか焦点のあわない瞳で書類に目を通すブラッドにアリスは入れたぼかりの紅茶を渡しながらそう言っ放った。
ソーサー付きのティーカップじゃないと紅茶を飲まないという彼の主義によって取り揃えられたコレクションから、自分の分のカップを取って残りの紅茶を注ぎ込む。
注いでる直後から香りたつその匂いに幽かな笑みを浮かべたアリスは、胸ポケットから取った手帳を広げて、そこに書かれている内容を読み始めた。
「今回の事件は隣町のマンションで起きたそうです」
「隣町ならうちの管轄じゃないはずだが?」
「普通ならそうですが、何でも隣町の警察が別の事件で忙しいらしく、うちに調査部を置くことになったとか」
「はぁ、まったく面倒な」
「で、その内容なんですが被害者は20代の女性、頭部に殴られた後があったようなのでそれが致命傷かと、なお犯行の凶器はまだ何も見つかっていません」
「で?」
「は?」
「で、それが何だというんだ?」
ブラッドはわざとらしく頭を傾げてみせる
「何だって・・だからそれが今回私たちが任された事件でして」
「そんなの他の課に回しておけ、私はだるい」
「な・・」
(だからいやなのよ!こいつとのコンビは!)
かっとなって殴りそうになるのを何とか抑えてアリスは心の中で悪態をついた。
そう、配属初日
胸をはずませ警察署に赴いた彼女が最初に任された仕事は、この男ーーブラッドとコンビを組むことだった。
おかげでアリスの希望は初日早々に打ち砕かれ、しかもこの男、やる気は無い、職場には行かない、現場にも来ないときて今まで数々の事件を解決してきた優秀な刑事だというのだから
アリスの腹のうちは余計に腹がだってしかたなかったのだ。
「いいかげんにしなさいよ!」
上司であることも忘れ、素の状態で怒るアリスに「お嬢さん、頭に血が上ると仕事に支障がでるぞ」なんて言ってのけるブラッドは興味がなさそうにアリスから手帳を取り上げる。
綺麗な執筆で、その字とは裏腹に何やらよからぬ言葉を連発する部下を尻目に手帳を読んでいた彼はあるページをめくった瞬間、その動きを止めて見せた。
「お嬢さん、悪態を付くのはいいから
ちょっとこれを」
「ん?何、あぁこれは被害者の顔写真だけど、綺麗な人よね」
長いストレートの髪に柔和に微笑む女性
それは女のアリスですら美しいと思える容姿の人物だった。
「で、これがどうかしたの?」
まさか「好みのタイプだ」とか言い出すんじゃいないだろうな、とアリスは眉間に皺をよせる
しかしブラッドから返ってきた言葉はアリスが想像するよりもさらに衝撃的な言葉だった。
「いや、この女・・前に私が捨てた女だ」
「・・・・・・」