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□滲む双眸
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「つうかさ」
休み時間に片肘で頬杖ついてぼーっとしてたら、前の席の三井が振り返ったかと思うと突然話し始めた。
こういう会話の始まり方をした時は、そもそも何も言い始めてないのに「つうか」とか「ていうか」とか言うのはおかしいよな、といつも思う。
あ、片肘で頬杖つくと顔が歪むとかなんとか先月買った雑誌に書いてたっけな。
頬杖は癖になってるからもう歪んでるかも。手遅れかも。

「女って何であんなめんどくさいわけ?」
知るかよそんなもん、と思ったけれど口には出さない。
そもそもあたしだって女だっての。

三井が話す女なんて、どうせ最近できた彼女の事に違いない。
あたしより小さくて、あたしより細くて、守ってやりたくなるような、そんな彼女の話に違いない。
どうせあたしは一人でだって生きていけそうですよ。
手首が疲れたから頬杖をやめた。

「何かあったわけ?」
どうせくだらない事だろうと思ったけれど、三井は聞いてほしくて話を振ったのだろうから一応聞いてみる。
三井の彼女の話なんか聞く義理もないし正直聞きたくもないけれど、三井の目が聞いてほしいと訴えかけるからしょうがない。
あたしはこの目にとことん弱い。

「遊びに行ったんだよ、日曜」
「あー、デートですか。のろけですか」
「バカヤロウ、ちゃんと聞けよ」
「はいはい。で?」
「何かよ、何したいって聞いても何でもいいって言うくせに、家の中ばっかりじゃ嫌だのゲーセンは嫌だのバッティングセンターは嫌だのうるせえし、そのくせじゃあどこ行きたいって言えば分かんないとか言うし、もーホントめんどくせーよ。宮城とか桜木とかなら家でゲームとかパチ屋行くとかそんなんでいいのにあいつはどれもだめだって言うしよ」

…宮城君と桜木君は男だよ三井。そして高校生はパチ打っちゃダメなんだよ。
三井は、バスケに関してはどうだか知らないけれどバスケ以外はからっきし駄目だ。根本的に比較の仕方が間違ってる。

「でも三井はそれなりに楽しいんでしょ」
「そりゃまーな」
「じゃーいーじゃん。もしかしたら三井がパチ屋で補導されてバスケできなくならないようにとか、ゲーセンでヘンな奴に絡まれて昔の恨みを晴らされないようにとかさ」
「うるせえよ」
「まあとにかく、彼女が色々気つかってくれてんのかもしれないし」
「そーいうもんかあ?」
「そういんもんよ。いい彼女じゃんか」


そうかそうかと気持ち悪くにやける三井を前に、何やってんだあたしはとため息をつく。
何が悲しくて好きな男の彼女をいいように庇ってやらないといけないのか。何で自ら三井と彼女が壊れないよう取り計らっているのか。
我ながら自虐的にも程がある。
かつて「あんたもしかしてドMなの?」と言った友達の声が蘇った気がした。

「まーあたしはパチ屋はゴメンだけど?ゲーセンでもバッティングセンターでも問題ないけどね。120キロ打てるし。あ、ゲームも強いよ。三国無双とかね」

あたしが三井の彼女に対抗できるところがあるとすれば、スポーツだけは得意だからデートでバッティングセンターに行くことが全然問題ないとか、見かけによらず実はゲームが超得意とか、そんなところしかないんだけど。
でもこのくらい言ってもいいだろう。あたしは聖人君子じゃないから人並みに醜い感情を持ち合わせているし、三井と彼女が別れたらいいのにと思うこともあるし、それでも聞きたくもない彼女の話をいつも聞いているんだから、このくらい言ってもバチはあたらないだろう、きっと。

「マジで?俺無双やると毎回同じどころでゲージが真っ赤になんだよな。あれおにぎり先に取っとくべき?ちょ、今度やろうぜ。一回宮城をコテンパンにしてーんだよ。つうかさ、お前みたいな女と付き合う男は楽しそうだな」

…何を言い出すバカ三井。
三井はやっぱり、バスケに関してはどうだか知らないけれどバスケ以外はからっきし駄目だ。
あたしがいつも、どんな思いで、あんたの、話を、聞いて、いると…。

「あたしに惚れとけばよかったのに。残念だったね、三井」
「おーホントホント」
「彼女に言うよ?」
「…冗談だろ?」
「冗談でしょ。あんたってホントにバカだね」

そういったところで数学の時間の始まりを告げるチャイムが鳴った。
やべー、教科書借りんの忘れてた、と言いながら三井がくるりとあたしに背を向ける。

途端にあたしの顔がぐにゃりと歪んだ気がした。
頬杖が癖になっているせいなんかじゃない。三井が何の気なしにくだらない事を言うからだ。
本当にくだらない。何を今更。

がちゃがちゃとせわしなく、机の上にペンケースと教科書とルーズリーフを出す。それから今日の課題だった微積のプリント。
わかるところだけちょっと手をつけただけのシャーペンの文字が滲む。鼻の奥がツンと痛い。
何度書いてもインテグラルがうまく書けないけど、滲んで見えたらちょっとはマシに思えた。

そんなことを考えているうちに文字がほとんどぼやけてしまった。
やばい、零れる。そう思って顔を上げたら、手を伸ばせば触れられる距離にあるのに、まるで透明の壁で遮られているように触れることは叶わない、こんなに近いのにこんなに遠い三井の白いワイシャツの背中が眩しくて目に沁みた。


END



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