short

□コールタール
1ページ/1ページ

噂でしか聞いた事のなかった三井の彼女を見たのは、3日前。
正確に言うと、これまで目に入った事はあったんだろうけど、意識していない人のことなんか記憶の片隅にも残らない。
3日前に体育の授業で初めて意識的に「見た」その子は、何の変哲もない、極々普通の、どこにでもいそうなただの女の子だった。

どこがいいんだろ。
これが、あたしの正直な感想。
別段綺麗なわけでもなく可愛いわけでもなく。取り立てて特徴のない、その他大勢に埋もれてしまうような女の子。
いい噂も悪い噂も何もない、何の変哲もない女の子。

三井と付き合うのは、きっとあたしだと思っていた。
実際、周囲からは三井とあたしは付き合ってるみたいだと言われていたし、三井といえばまんざらでもなさそうだったし、他ならぬあたし自身は三井の事が好きだったし、いつか三井の方からあたしに好きだと言ってくると信じて疑わなかったし、だからあたしからは何も言わなかったんだけど。

それなのに三井が選んだのは、周りが認めたあたしじゃなくて、何の変哲もない、あの子。
きっかけは三井からかあの子からか、そんなの分からないしどうでもいい。
ただ、三井にはきっとあたしの方が似合ってる。


「あ、三井」
「おう」
きっと部活に向かっているところなんだろう、Tシャツにバスパン、肩からタオルをぶら下げた三井に渡り廊下で偶然会った、フリをした。
本当は、三井がここを通るのを掃除当番をサボってずっと待っていた。
「できたんだって?彼女」
「何で知ってんだよ、お前」
しばらく見た事のない、照れたようなバツ悪そうな恥ずかしそうな嬉しそうな三井の笑顔。
こんな顔の三井を見るのは数年ぶりだ。

三井が、ああなる前以来。

もしかしたら彼女のおかげなんだろうか。
それなら、こんな笑顔の三井なんて見たくなかった。
もし彼女のおかげなら、こんな笑顔の三井なんて見られなくていい。

「なんか、風の噂で、ね」
「なんだよ、噂って」
「ね、どんな子なの?三井の彼女って」

腹の中では見下している相手なのに、何にもない風を装ってこんな事聞くあたしの心の中は、本当に真っ黒でどろどろだ。

「あー、別にいいだろ、何だって」
「いーじゃん、興味ある。減るもんじゃないし」
「普通だよ、普通」
「何よ、普通って」
「何だっていーじゃねーかよ」

釈然としないあたしに、もうこの話はおしまいとばかりに話を切る三井。
三井の性格を考えたら真っ当な反応だけど、どうしてあたしじゃなくてあの子なのか全然分からない。でも、これ以上三井をせっつく事もできない。

「ふーん、まあいいや。じゃあ部活がんばって。お幸せに」
「何だよそれ。じゃーな」


言いようのない想いを抱えたまま小さくなる三井の背中をぼんやりと眺めていたら、足元がぐらりと揺れた気がした。
ああ、そっか。これはきっとあたしの心。
どろどろの心では、真っすぐ立つことができない。ずぶずぶと沈んでいくことしかできない。

三井は、そんなあたしを見抜いていたのだろうか。


END



[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ