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□夕焼けの翌日は晴れ
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あたしの家には犬がいる。
名前はジン。仁義の「仁」からお父さんがつけた。
犬種は雑種。何代にもわたって色んな犬種が混ざりに混ざったと思われる雑種。

あたしが小学生の時にうちにきたジンは、毛はオレンジがかった茶色だけど手足の先は小麦粉踏んづけたみたいに真っ白。
左右の耳の大きさがちょっと違ってて鼻ペチャ。くるくるとよく回る黒目がちな瞳がとっても印象的な、それでいて愛嬌たっぷりの、ついでにあたしの事が大好きな犬に育った。


夕方、ジンの散歩に行く。
朝と夕方の二回散歩に行くのはすっかりあたしの日常になった。
「ジーン、ほら、こっち」
今日は久しぶりに海沿いの道を歩く。ジンはめったに歩かない道に興味津々なのか、あちこちにフンフンと鼻を鳴らしてはすぐに立ち止まる。
「ほら、行くよ」
リードをくいくいと引っ張ると、名残惜しそうに後ろを振り返りながらあたしに並ぶ。
茶色い毛が夕日に馴染んで、綺麗なオレンジに染まった。

「きれいだねー」
気が付けばジンだけじゃなく、あたり一面オレンジ色だ。
ぼーっと立ち止まって夕日を眺める。
と、急にジンが駆け出した。
「こら、ジン!」
リードがついているとはいえ急に飛び出すなんて危ない事この上ない。思わずリードを引く。
ところが、ジンはそんなあたしを振り切って、ランニング中だろうか、ジャージ姿でこちらに向かって走って来る男の子の足元に飛びついた。

「おわっ!ワン公?びびったー!どうした?」
少し息を切らした少し長めの髪のその子は、突然飛びついたジンに多少驚きはしたものの、わしゃわしゃとジンの頭を撫でながらそうそう言った。
「ごめんなさい、びっくりさせて。こら、ジン!こっちきて!」
「何、この犬あんたの?ジンって名前?」
弾んだ息でその子が聞く。
「うん。こーら、ジン!」
ジンはその子が気に入ったのかなかなか離れない。
その子もジンの顔を両手でぐしゃぐしゃに撫でながら、「お前かわいいのなー」なんて言っている。

「ごめんなさい。もう、ジンってば!」
「いーって。オレも犬好きだし飼ってるし。うちのはこいつよりは大きいけどな。それにオレの先輩にも、神さんってのがいてさ」
相変わらずジンを撫でならがその子が言う。
「名前が?」
「そ。苗字だけどな。バスケがすげーうまくて努力家で、ちょっと尊敬しちゃってんのよね。まあオレもかなりのもんだけど」
そういって、その子はへへへと笑う。あどけなさが残るかわいらしい笑顔だ。

「あ、バスケ部なんだ」
「おう。このへんじゃちょっと名の通ったな。」
「へー。そうなんだー」
こう言っては失礼だけど、そうは見えないな。何だかこの子も犬みたいだもん。
というか、キラキラで黒目がちの瞳とか、くるくると変わる表情とか、動きとか、ちょっとジンに似てるなあ。
相変わらずジンの頭をわしゃわしゃと撫でるその子を見ながらそう思った。

「じゃあな、ワン公。あ、ジンだっけ。オレもちょっと走らないといけないからな。あ、飼い主もバイバイ」
「あ、バイバイ」
男の子はそう言うと、足取り軽やかに走って行った。ジンが名残惜しそうにリードを引っ張る。
「こーら、ジン。ダメだってば」
あたしはジンにそう言いながら、オレンジ色の中に小さく吸い込まれていく背中を眺めていた。


この辺で名の通ったバスケ部だったら、海南か、翔陽か、そのあたりの高校に通ってるのかな。
ランニングしてるってことは家がこの近くなのかな。
犬飼ってるって言ってたっけ。散歩とかあの子がするのかな。
あ、名前聞けばよかった。

「…明日も、走ってるかな」
何となく、本当に何となくだけど、明日もこの道を散歩しようかな、そう思った。

END



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