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□月に黒猫
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「お疲れっしたー」
時計の針は夜の八時半を回ったところ。少し年季の入った支給品の制服を脱ぐ。早上がりの日は夜が長い。
「お疲れー、ちゃんと家でおとなしくしとけよー」
二つ年上の先輩が笑いながら言った。


今日は謹慎最終日。別に謹慎中だということがバイトを休む理由にはならないが。
この間、実質五人乗りの四人乗りをしてから調子が悪かった俺の原付が、ついに修理工場行きになった。そうでなくても金ねーのに、バイト増やさないと破産かなこりゃ。痩せろよ、高宮。

原付がないからぷらぷら歩いて帰る。歩くのは別に嫌いじゃない。今日はやけに月が明るくて、星があまり見えない。
しばらく行くと、向こうから知った顔がこちらに向かって歩いてくるのが見えた。

「よう、流川じゃねーか。部活帰りか?」
「…まあ」
「花道元気か?」
「知らねー」
「ははは、そりゃそーだ」
相変わらず言葉数の少ない奴だ。花道とは正反対だな。
そんな事を考えていたら突然、流川が少し言いにくそうに、
「…悪かった」
と言った。

「ん?何が?」
「停学になったって」
正直意外だった。流川からあの件で謝られるとは思わなかった。
キャプテンやメガネ君、それに三井サンからはすでに謝罪の言葉を貰っている。それから、オヤジ。あの人は、せめて俺達の謹慎期間が短くなるようにと学校に掛け合ってくれたらしい。もしかしたらあの人は、色々と分かっているのかもしれねーな。
全くバスケ部の連中は、揃いも揃って思ってた以上に義理堅い。


「ああ。別にお前が気にするこっちゃねーだろ」
「…俺が一番に手出した。それにあんたら四人は…」
…なるほどね。俺らが行く前にどんなやり取りがあったか知らねーけど、自分が最初に手を出して、俺らが謹慎で自分はお咎めなしってのを気にしてんのか。
まあ、もし流川が先頭切らなくても花道がやっただろうし、俺はあいつらが体育館に向かって行ったのを知っていたし、結果はどのみち一緒だっただろうけどな。喧嘩したのは事実だしよ。

「まーバスケ部には花道のお守りしてもらってるからな。こんくらいで済むなら安いもんだ」
「……」
「気にすんなよ。別に何てこたねーよ」
「…分かった」
「じゃあな」
「…じゃ」
短くそう言うと、流川は歩いて行った。
偶然とはいえ、流川の意外な一面を垣間見た気がした。出会い方が違っていたら、案外花道と流川はうまくやれたかもしれねーな。



*



謹慎が明けて学校に行ったら、晴子ちゃんに
「洋平君と流川君って仲いいの?この間流川君に、どこに行けば洋平君に会えるか聞かれたからバイト先教えたんだけど、会った?」
と言われた。
さらにそれから数日が経ったある朝、自転車に乗った流川が俺のバイト先とは逆方向からふらふらと半眠りで登校してくるのを見た。
そういやあいつは富中出身だったっけか。


…全く、バスケ部の連中は。

END



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