黒蝶は片割れ月に誘われる
□04.モテる師匠はつらいぜ
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「……ってことがあったんですよ!」
「はは、それはぜひ見てみたかったな」
「あんなに普段優しげな顔をしているのに……本当に、け、ケダモノのようにっ……」
思い出しながらわなわなと震えている優樹を見て、ふたたび与一は笑った。
「まさか、弁慶殿が刀の扱いにも長けているとはな。知らなんだ。
知略にも富んでいる方だというのに、文武両道とはまさにあの人のことを言うのか」
「文武……あれは武……いや、有無を言わさぬ圧倒的な……も、もうなんて言えばいいのかわからないですが……」
「日野先輩、あんまりでかい声で話していると弁慶さんの耳に入りますよ」
後ろから「はいどうぞ」と水差しを差し出してきた譲に、びくりと優樹はあたりを見渡した。
「……弁慶さんなら今日は屋敷を空けているから大丈夫ですよ」
「や、やだな、おどかさないでよ」
「……もう完全にトラウマじゃないですか」
「ふっ……武者震い……だよ」
にぎやかに濡れ縁で盛り上がっている三人の姿を、那須党の者たちはじいっと見ていた。
「ああ……今日は望美殿はいないのか」
「あの稚児だけか……望美殿もまた一緒に来ないかなあ……」
望美のことで頭がいっぱいの仲間をはために、菊池七郎はふんっと鼻で笑った。
「女子にうつつを抜かすとは、ずいぶんとふぬけているじゃないか。
我々がなんのために上京してきたと思っているんだ」
むき出しにした上半身を濡れた布でごしごしと拭いて勇んでいる七郎に、仲間たちはじと目になった。
「……うわあー……この前の弓試合で望美殿の好意を勝ち取るために勇んでたヤツがよく言うよ……」
「自分があの稚児に勝てないで望美殿の気持ちをかっさらえなかったからってよ……」
「望美殿に『かっこいいですねっ!』って言われて、でれでれ顔を崩してたくせによお……」
「お前そういうとこあるよなー……」
「う、うるさいぞお前たち!!!」
ふんっと鼻息荒く顔をそむけると、七郎の視界には濡れ縁で談笑する三人の姿が映った。
「……与一も与一だ。同郷のそれがしたちの方が長く苦楽をともにしてきたというのに、ぱっとでのあの者たちと仲良くして……」
ぶつくさと漏らした七郎を、きょとんとした顔で仲間たちは見つめた。
次いでにやにやと笑い出した。
「おっ! 嫉妬かぁ? お前も存外与一が大好きだよなあ」
「そっちの気があるのか? ひゅうぅっ!」
「な! ちがっ……!」
「最近、与一は譲殿と懇意だもんなあ〜嫉妬しちゃうよなあ〜」
「どうせこの前の弓試合のときに、あの稚児に与一が味方して手助けしたことに妬いているんだろ」
七郎は二の句が告げず、口をぱくぱくとさせた――あまりにも的を得すぎた指摘の数々に言葉が出なかった。
しかも自覚していなかった分、よけいに面食らった。
――ちなみにソッチの気があることに関しては違う。断じて違う。
ぎりぎりとこぶしを握りしめながら、七郎は優樹をにらみつけた。
なぜだろう。
譲に対してはそれほど強い感情を覚えないのに、どうしてか優樹に対しては言いしれない気持ちが湧き上がってくる。
この気持ちを一言で表すとするなら――気に入らない。
どうしてかはわからないが気に入らない。
当たり前のように望美の隣に居座って、笑顔を向けられて。――与一と気兼ねなく仲良くして。
「ぬっ! ぐ、うぅうううふんんんっ!」
急にうなり出し、濡れ縁に向かって駆けだした七郎に、仲間たちは特段驚きはしなかった。
「……あいつすぐに熱くなるよなー……」
「人一倍熱心なんだけどな」
「まあまあ、命に別状のない気の病のようなものだから」
「……病のわりには日常的に起こるけどな」
なんてことを言われているなど、知らぬは当人のみである。