黒蝶は鮮青の風に吹かれる

□落ち流れゆく願い
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平家は西へと追いやられ、ついには壇ノ浦に結集していた。


東からは九郎たち率いる隊が迫り、鎮西には範頼軍が控えている。
九郎率いる隊は屋島から西へ渡ると、まず伊予を根拠地にし、そして周防の大島へと渡った。


瀬戸内海近辺の水軍の多くは平家に味方していたが、屋島が失われたことによってそのほとんどが平家に見切りをつけ源氏に与した。


そのことによって源氏の船数はしだいに増えていき、当初とは比べものにならないほどに膨らんでいった。
物見が知らせた平家の船数を、優に越えるまでに至った。


源氏は周防大島を離れると、長門海岸を本営とした。

対して平家は彦島を砦としていたが、源氏が来るとともに対岸の田ノ浦へと移動した。




軍議の席で、弁慶はこれから始めようとしている戦のあらましを示した。


「平家に与していた勢力が寝返ったおかげで、船の数においては源氏が有利になりました。
けれど、相手は船戦に長けています。対して源氏は海の戦いに不慣れだ。数に慢心せず、力は五分々々と考えた方がいいでしょうね」

「へー、ずいぶんと慎重なご意見だ。らしくないんじゃない?」


ひやかしを入れるヒノエに、弁慶は態度を崩さなかった。


「平家にはもう後がありません。おそらく全兵力をかけて戦いに挑んでくるでしょう。追いつめられた獲物ほど、危険なものはありません。
今まで源氏が勝利を収めた戦はどれも、騎馬を主とした陸戦です。今回は勝手が違う。
それに、平家は怨霊を使いますからね。慎重にならざるを得ないでしょう」


「たしかに連戦の勝利におごって猛進することほど、愚かなこともないか」


「平家が彦島から撤退したのも、予想外でした。おそらく、陸地から攻められることを恐れてのことでしょうね。
現在平家が構えている田ノ浦は背後が山地になっているそうですから、それを防壁とするつもりなのでしょう。
……鎮西にいる範頼殿の軍が奇襲に出てくれれば良いのですが、はたして動いてくれるかどうか。連絡もとれません。
今は、こちらにいる軍だけでどうにかする作戦を考えた方がいいでしょうね」



九郎は重々しく息をついた。



「平家にとって有利な地での戦いにもっていかれたか。……それほどまでに、向こうも本気なのだな」


「そんなの今さらだろう。己の得意とする戦い方を選ぶのは当たり前さ。
戦場が決まっている以上、それにどう対応するかを考えていくしかないだろう」


「……それくらい俺もわかっている」
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