短編小説

□積もりはせずとも
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お決まりの合図が鳴る。


始まりを告げるその音は憂鬱を運ぶ。
終わりを告げるその音は、抑圧された自由を解放する。

おわった……と優樹は背をもたれ、ため息をつき、机の上にひろげられた教材を引き出しの中にしまった。


弁当の入ったカバンごと肩にかけて隣の教室へと移動する。




「クリスマスと言えばイルミネーションでしょ」


同じ机に弁当を広げていた女の子がうきうきとした様子で言った。


「雪降る街に灯る明かり、いいよね。 
……今年は雪降るかなあ、やっぱりホワイトクリスマスがロマンチックだと思うんだよね」


たこさんウィンナーを箸でつまみながら望美が相づちを打つ。

優樹は口に含んでいた卵焼きを飲み込んで口を開いた。


「予報だと雪マークが小さくついてたから、もしかしたら降るかもよ」



クリスマスまであと数日。

必然的に最近の話題はクリスマス一色となっていた。

今年はどんなクリスマスを過ごしたいか、どんな風に過ごすつもりかを思い思いに口走っているうちに、昼食の時間は終わりを告げた。


再び訪れた退屈な時間。
あくびを噛み殺しながら耐え抜く。

皆が皆、終わりを告げるチャイムを待ちに待つ。

教師が黒板に向いた瞬間、時計に目を配った生徒は何人いたことだろう。

まだかまだかという思いが一分、一秒ごとに増していく。

時計の一針、一針の音が頭の中で響いていくようであった。


そして、待ちかねた音が教室中、校舎中に鳴り響いた瞬間、張りつめていたような空気が一気にほどける。

教師が教室を去った瞬間、本格的にクラス中がざわめきだす。

担任の教師が戻ってきてホームルームをはじめると、早く帰りたいがために普段は見せない団結力を見せ教室が静まり返る。

そしてようやく終わりを告げるとふたたびクラス中がざわめき、椅子が床を滑る音が響き、ばたばたと足音が響きわたる。

それをかき消すほどの話声に学校中が満ちていく。


優樹もマフラーを首に巻きつけると、人の流れにのまれるように下駄箱へと向かった。


灰色がかった青空にむかって息を吐き出すと、あたたかい息が白く染まりだす。

マフラーに顔をうずめて、耐えかねたように優樹は声を上げた。


「あー本当に寒い」

「そんな短けえスカートはいてんだから、あたりまえじゃねえ?」


とん、と背中に軽い衝撃を感じて横を見れば「よお」とその男子は声をかけてきた。


「将臣のクラスもホームルーム終わったの?
……なんだ、だったら望美と一緒に帰ればよかった」


そう言うと、将臣は口をあけて笑った。


「あいつは今週掃除当番だから待たされるぜ。廊下で待ってるうちに凍えちまう」

「それは災難……ああ、寒い」


優樹がもう一度ぼやくように呟くと、彼は優樹の足元を見やった。


「よく女は真冬にそんなもんはけるよなあ。腹こわすなよ」

「制服だから仕方ないんだって……」


自分で言ってははっと笑った男を横目で見ながら優樹はため息をついた。


「そういえばお前さあ、クリスマスどうすんだ?」

「クリスマス?」


優樹は将臣を見て、首に通った冷たい風に縮みこむようにふたたび前を向いてマフラーに顔を埋めた。


「……どうするも何も、今年は一人さみしく家で過ごすよ。部活の子と遊ぼうと思ったらみんな見事に予定が埋まってた」

「ははっ、みんな幸せいっぱいってか」


将臣につられて、優樹も小さく笑った。


「ひまだってんならうちに来るか?
譲も望美もいるぜ。譲お手製の料理盛りだくさん、毎年恒例のクリスマスパーティーだ」

「へえ、毎年そんなことやってるんだ。仲良いなあ」

「ガキの頃から一緒だったし、家も近かったしな」

優樹は数瞬考えるように沈黙を落とし、口を開いた。


「なんか……その幼馴染三人の輪の中に一人だけ入っていくのも悪い気がするな」


そう言った瞬間、将臣は声を上げて笑った。


「人の家遊びに来て、その三人がいる中こたつでぐーすか眠りこけてたやつがよく言うぜ」


優樹はこのときばかりは寒さを忘れた。
あまりにもけらけらと彼が笑うので、恥ずかしさで頬を赤くした。


「その話はもう掘り返さないでよっ。
こたつなんてはじめてで、すごく気持ちよかったから寝ちゃったんだって」


恥ずかしさを隠すように、少しだけすねるように優樹は顔をそらした。


「それだけじゃないだろ。譲がつくった飯もがつがつとうまそーに食ってたし。いまさら変な気、使うなよ」

「……ありがとう将臣、私を恥辱という名の暖房で温めてくれてるんだね」


そうして、なんやかんやと話をしているうちに二人は駅へと着いた。


「そういえばお前は反対方向だったか、じゃあまたな」

「うん、じゃあね」


別れを告げると、ちょうど電車が走る姿が見えてきた。

周りの音をかき消すほどの音が響いてきた。
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