黒蝶はつがいの風にのる
□おいでませ
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「おいおい、なんだあれ。学校の中にあんなでっけえ鳥居なんてな」
将臣の言う方を見ると、たしかに前方に大きな鳥居が見えた。
「そうだ! たしか最後、鳥居におさめるんだよ!」
「ん? 何だって?」
「将臣、あの鳥居の中に逃げれば大丈夫だと思う!」
……たぶん、と心の中でつけ加えた。
たしか「こっくりさんこっくりさん、お帰りください」と言って十円玉が自然と鳥居の絵まで動いたら儀式を無事に終わらせられると聞いた気がする。
「お姉ちゃんが僕を呼んだくせにさあ……ふざけんなよ!」
背後から響いてきた声に、優樹はびくりとした。
振り返らなくてもわかる。あの子どももとい化け物だ。
あああああ! やっぱり私が呼んだんだ! ごめんなさいいいっ!
お願いだからお帰りくださいいいい!
心の中で叫びながら、優樹は全力で走った。
鳥居に近づけば近づくほどに、清涼な香りが強くなっていった。
鳥居をくぐった途端に、ばしんと背後で大きな音がした。
振り返れば、まるで結界か何かに阻まれているかのように鳥居の前で押しつぶされるように宙に身体を押しつけている子どもの姿があった。
「あーあぁ、逃げられちゃった。……ま、いっか、楽しかったから。お姉ちゃんの勝ちだよ。じゃあね、またいつか遊ぼう」
けろっとした顔で子どもは無邪気に手を振ると、霧に紛れるように消えていった。
「はあ……たすかった」
「……のか?」
しばらく鳥居の方を警戒しながら見つめ、もう何も起こらないとわかると優樹はへたりこんだ。将臣も同じく床に座り込む。
「まーたっく、なんで夢の中でこんなに疲れなきゃいけないんだ……」
将臣さん将臣さん、すみません、それ私のせいかもしれないです。
「っと……もしかして、そろそろか? タイミング良いなまったく」
将臣が言うと同時に、景色が端から白んでいくのがわかった。
「ああ、そうだ、最後に言っとくわ、お前が聞きたかったこと。男が女に服をプレゼントする意味な」
「っな、なになに」
優樹が詰め寄ると、将臣はふっと笑って顔を近づけた。
「――自分でそれを脱がせたい、ってことだろ」
「――……っ」
「――優樹くん!」
大きな声が降りかかり、はっと優樹は目を開けた。
「弁……慶さん……?」
上からのぞきこんでいた顔がほっとゆるむ。
「よかった……気がつきましたね」
「気がついた……? って……いけない、昼寝しちゃってたんですね」
そう言うと、弁慶の眉間にしわが寄った。
「何言っているんですか、君、気を失っていたでしょう。いくら僕が揺すっても目を覚まさないで……本当に心臓が止まるかと思いましたよ」
「そんなはず……」
起き上がるときに、手に何か固いものが触れた。
見れば……銭が一枚、真っ二つに割れていた。
……まさか、と優樹は思った。まさか、ね。
「あれ……弁慶さん、それって……」
弁慶の手に握られている草を指さすと「ああ」と弁慶の視線が手元に落ちた。
「これですか。君の気つけにと思って薄荷を使っていたんですよ」
優樹は沈黙した。……あれは、本当に夢だった?
夢だったに違いない。けれど。
「ありがとうございます。おかげで帰ってこれました」
ふふ、と優樹は笑みをこぼした。
「……それより、ちょっと良いですか」
「……なんです?」
弁慶の声が急に真剣味を帯び、優樹はまばたきをした。
「……君、夢の中で将臣くんに会いましたか」
優樹は目を見開いた。
「すごい、どうしてわかったんですか――」
さらに言葉を紡ごうとした口を優樹は閉ざした。
口元に笑みを浮かべた弁慶の目が笑っていないことに気がついたからだ。