黒蝶はつがいの風にのる

□おいでませ
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愛らしい顔のその子どもの瞳が剣呑に光った気がした。


「本当はその人がどう思っているかってことが聞きたいくせに。ね。お姉ちゃんは嘘つきだよ。
……まあ、いいよ。そんなの簡単じゃないか」


にやり、と三日月のように弧を描いた瞳にびくりと優樹はあとずさりした。


「自分に相手を服従させたいってことじゃないか。……簡単なことでしょ?
自分が選んだものを自分の望むようにそのまま着せる。相手が自分の言うことをそのまま聞く。
自分の命じるままに自分色に染まっていくんだ。こんなに支配欲が満たされることなんてないじゃないか」


優樹は眉をひそませ目を細めた。……ああ、頭のノイズがひどい。


「…………ね、答えてあげたんだから、一緒に遊んでよ。
鬼ごっこしよう。じゃ、最初は僕が鬼だよ……お姉ちゃんのことつかまえたら、お姉ちゃんが鬼ね。じゃ、十数えるから逃げていいよ」


言われるままに、優樹の足は勝手に動いていた。――いまはこんなことをしているひまはないはずなのに。


あれにつかまったらやばい。
走りながら、なぜかそのような恐怖感に襲われていた。

どくどくと心臓がかけていた。


くすくすくす、と笑い声が背後にせまっているのがわかった。



やばい。――やばいやばいやばい!


理由もわからないのに、どっと不安と恐怖が襲いかかってくる。
どこかに隠れないと。そう思うも、とにかく足は前へ前へと進んでいた。


「っ――」


どん、と背中に強い衝撃を感じたかと思うと床に身体をしたたか打ちつけ優樹は呼吸を止めた。
腹の上にまたがるようにして、先ほどの子どもが自分を見下ろしていた。


「つーかまえた。……ね、つかまえたから……お姉ちゃん、鬼になってよ」


くすくすくす、と笑っていた子どもの口がぐわりと大きく開いた。
目はまるで狐のように細まっていた。


「――さあ、我らと同じ、鬼籍に入ってもらおうか」

「っ……」


ぼたぼたぼた、とよだれが身体に降りかかってきた。

だめだ、食われる! と思ったとき、突然ばしん! と何かが弾ける音がした。
かと思うと、その子ども――いや、化け物は悲鳴を上げた。


「あああああああぁあああ! くさいくさいくさい! なんだよこれ! くさいくさいくさい!」


鼻を押さえながら化け物は頭を振った。
呆然としながらその姿を見ていると、ふと清涼な香りが鼻腔をかすめたのを優樹は感じた。


「おい優樹! 大丈夫か!」

「ま、将臣っ」


突然現れた将臣に腕を引かれ、立ち上がる。
手を引かれるまま、かけ出した。

そういえば、ずっとわずらわしく響いていたノイズが消えている。
頭にかかっていたもやも消えていた。


「待って将臣! こっち!」

「なんだ、お前何かわかるのか」

「わかんないけど、たぶんこっちなんだって!」


優樹は、自分の勘のままに将臣の腕を引いた。
――香りのする方に進めばいいと、本能が告げていた。


「それにしても、さっきのあの化け物なんなんだよ。……つーかいままでこういう夢でこんなこと起こったためしないってのにな」

「私もわかんないよ! ……ん?」


『将臣さん、将臣さん、お願いだから降りてきてください……』

『ねえねえ知ってる! こうやって紙に鳥居を描くでしょ。あと、あいうえおを書いていって……。
この上に十円玉をのっけて、それにみんなで指をそえてこう言ってから質問すると何でも答えてくれるんだって』


――こっくりさんこっくりさん、でてきてください、ってね。



「…………」


やべえ、あれかもしれない。
優樹は冷や汗を流した。


「なあ、おい……『ん?』ってなんだ『ん?』って」

「い、いや! なんでも!?」


優樹は黙秘を決め込んだ。許せ将臣。


そういえば、あの儀式、小学生のときに友だちから聞いたんだ。
たしか学校の先生も夏休み前にこっくりさんの話をしていた気がする。
昔、それをやった子たちが意識不明になるなど、新聞沙汰にまでなったとか。

狐狗狸(こっくり)。狐の降霊術だとも、実際には低俗な自然霊を呼び寄せる行為だから、ふざけてやるとタチの悪いいたずらをされるとも聞いたことがある。


……まさか……まさか本当に降霊させちゃった?


優樹は眉間に指をあてた。


えーとえーと、たしか終わらせ方があった気がする。思い出せ、思い出せ。
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