黒蝶はつがいの風にのる
□おいでませ
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「よお、また会ったな」
目を開けると、夕焼け色の光とともに手を挙げている級友の顔が映り込んだ。
「おお、また将臣の夢だ。……っすごい。私夢の中で夢を見てるって気づいている。とうとう明晰夢の能力に目覚めたのかな」
「明晰夢ねえ……ま、いいさ。それにしても、なーんでこうお前とまた会うんだろうな。お前そっちで何かあったか? 気にかかっていることとか」
「気になっていることって言われても別に……って、そうだ。将臣に聞きたいことがあったんだ」
「お、なんだ」
こほんこほん、と優樹はせきこんだ。
「あ、あのさ……男の人から服をプレゼントする意味って……なんなの?」
将臣は、一瞬黙り込んだ。かと思うとにやりと笑った。
「さあな、俺も知らねえわ」
「はあ!? だって自分で昨日言ったのに!」
「さあーてなんのことだか。お前夢でも見てたんじゃないのか?」
「なるほどね! ってそうだよ! 夢で聞いたんだよ!」
「ほら、な」
「いやいや、いまだってまさに見ているよ!」
はは、と机から飛び降りながら将臣は笑った。
「あ! こら逃げるな!」
「だったら追ってくるなよ」
「逃げるから追うんでしょ! ねえ、答え教えてよ! 気になるじゃん!」
「おっと、もうそろそろ夜明けも近いんじゃねえかな」
「え、ちょっと――」
優樹は逃がすか、と声を張り上げた。
「将臣!!!」
――はっと優樹は目を覚ました。
青みがかった薄明かりが外から差し込んできている。
「ま……また変な夢見た…………」
まったくなんなんだ……と思いながら優樹はまた眠りについた。
「…………」
「…………」
優樹は口に運んでいた朝餉をこくりと嚥下した。
向かいには同じく朝餉を食べている弁慶が。いつも通りの朝の風景である。
だが、だがなんだろう、この空気。
黙々と箸を運んでいる弁慶をちらりと見上げる。
いつもだったら何かしら会話が弾んでいるはずなのだが、今日、弁慶は一言も発していない。
今日はそんな気分なのだろうか。
少し気にかかりながらも、優樹は静かに朝餉を食べた。
「うーん、それにしてもなんなんだろうなあ、こう二日連続で似たような夢見るっていうのは」
将臣に関して何か気になることがあるのだろうか。
だが、無意識かで起こっているわけだから、わかるわけもなく。
「この世界での夢の意味、ですか?」
気になり弁慶にたずねると、先ほどよりも気むずかしい雰囲気が強くなった気がした。
「……相手が自分のことを強く思っている場合、その人が夢に現れる、とは言いますね。
夢に現れるということは、それだけ相手が自分を好いているということ」
「へえ、おもしろいですね。私たちの世界とは逆なんですね」
「逆……というと?」
「だいたい夢に誰かが出てくるってことは、自分がその人のことを考えているから、気にかかっているから、って私たちの世界では考えますかね。
まあ、夢なんて自分で好きに動かせないので、わからないですけれど」
「……夢を見ている人がその人のことを考えているから、か」
弁慶の顔からさらに表情が消えたことに、優樹は気がつかなかった。
「ほかに……意識的に夢を見る方法とかってありますか」
「……何か、見たい夢でもあるんですか?」
「い、え……ちょっと気になっただけというか」
吐息をつきながら、弁慶が立ち上がる。
「……さあ、僕もその手のことはくわしくないかな。……ちょっと今日も薬草を摘みに行ってきますので、君に留守をまかせても良いですか?」
「あ、それなら私も一緒に」
「いえ、今日は僕一人で行ってきます」
そのまま、背を向けて弁慶は支度をはじめた。
今日はやけに弁慶がそっけない気がして、優樹は困惑した。
なんとなく、朝から機嫌が悪いような。
だが、気のせいだろうか。
「いってらっしゃい……」
優樹はただその背中を見送ることしかできなかった。