黒蝶はつがいの風にのる

□おいでませ
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「おいおい、同棲とかやるじゃねえか」

「そ、そういうんじゃないってば!」

「同棲は同じ屋根の下に住むことの意。それ以上でも、それ以下の意味でもなし。……なーに焦ってんだよ」


ぐ、と優樹はこぶしを握った。……にやにやしながら聞いているくせに!
全部わかっててやっているのだからかなり腹が立つ。


「それにしても、弁慶にその着物をもらったか。ふーん。あいつもなかなかに……」

「なかなかに……? 何?」


にやにやしながら見てくる級友に、優樹はどぎまぎしながら見返す。


「お前さあ、男が女に服をプレゼントする理由なんてひとつしかないだろ?」

「な、なに」


わずかに期待が高まる。
答えは知らないが、何か良いものなのではないか、と推測が勝手に走る。


「っとお……そろそろ時間かあ。ま、あいつと末永く仲良くな!」

「え、ちょ、ちょっと! ねえ! なんなの、男が女に服をプレゼントする理由ってなんなの!? ねえ――」


急速に空間が白んでいく。



「――将臣っ!!」


がばり、と優樹ははね起きた。


ぴょこん、と前髪が一房はね上がる。

ぴーちちちちちちー……と小鳥のさえずるのどかな音が聞こえてきた。



「ゆ、め…………?」


改めて実感した途端に、一気に疲労感が襲ってきた。
がっくりと顔を衾にうずめ、そのままふたたび寝落ちした。





「ドクダミってたしか腹痛に効くんですよね。あとたしか……えーと、糖尿……飲水病にもでしたっけ?」

「…………」

「……弁慶さん?」


うかがうように優樹が声をかけるとはっとしたように弁慶は顔を上げた。
薬草の効能を知りたいと弁慶に頼んで講義のようなものをしてもらっていたのだが、どうも朝から上の空のような。


「ああ……すみません、ついぼうっとしてしまって」

「もしかして寝不足ですか?」

「寝不足……いえ、たんに寝覚めが悪かったというか……」


ふ、と小さく吐息をつきながら弁慶は頭を振った。


「いえ、なんでもありません。座学はここまでにして、ちょっと薬草を摘みにいきませんか。
この季節はたくさん採れますし……それに実際に自分の目で見た方が覚えが良いでしょうし」

「そう、ですね。じゃあ準備してきます」



草が生い茂る野を並んで歩きながら、優樹はふと思い出した。



『お前さあ、男が女に服をプレゼントする理由なんてひとつしかないだろ?』



あれ……どういう意味だったんだろう。

いやいや、あれはただの夢なんだし、自分の潜在意識に眠っていたものとか色々な記憶が整理されたりとかしていただけだろうし。
やけにリアルな夢だったけども! ……でも、どうせだったら答えを聞いて目を覚ましたかったな。


「どうしてこの着物を私にくれたんですか?」


そう本人に直接聞こうと思ったが、口をつぐむ。
もう、すでに聞いているではないか。

一着では不便だろうからと。それだけだ。



「いやあ、今日もたくさん採れましたね」

「ええ、これでたくさん生薬がつくれます」



遠出をして疲れたためか、その日も優樹はすぐに眠りに落ちてしまった。
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