黒蝶はつがいの風にのる
□しのびて通う、道もがな
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「太陽が陽ならば、月は陰。生と死。……男と女。……男を陽とするならば、女性は陰。
……この話は、器が主立った軸になっているようでいて、実はそれを手にする人間が軸になっている話だ」
弁慶の視線が何を訴えかけようとしているのか、優樹はわからないながらもなぜか緊張が走った。
いくぶん逡巡するように、その口がさまよっている。
「……君、即身成仏という言葉を知っていますか」
「聞いたことあります。たしか、土の下で何も食べないでミイラ……えと、仏になることですよね」
「ああ、それは即身仏のことですね。似て非なるものです。即身成仏とは、生きながらにして悟りをひらくことです」
「まさに……この器で言っていることですね」
ふたたび、弁慶が口ごもるように沈黙した。
口元を押さえなにやら考え込んでいるようだが、どことなく気ぜわしく見える。
「……実は、僕も実際にあるのかどうか、真のことなのかはわからないのですが……。
仏の道に外れた行いをしながら、仏の道を説く者たちがいると聞いたことがあるんです。
髑髏を本尊とするなどといったね……いわゆる邪教というものだ。
その者たちの言うこといわく――男女交合こそが即身成仏にいたる道だと」
「……――」
男女交合。陰陽。男と女。即身成仏。悟り。――陰に陽を注ぐ。
優樹はまさか――と思った。
弁慶が言わんとしていることの先を、頭がはじきだす。
男女交合とはおそらく――そして陰に陽を注ぐとは――。
次の瞬間、がばり、と優樹は立ち上がっていた。
驚いたように弁慶は目を丸くした。その視線の先には――顔を真っ赤にして床を見つめている優樹がいた。
「あ、あーと……そ、ソウイエバ、洗濯物干しっぱなしだった気がするナー……。は、早く取り込まないト!」
「……幸い本日はお日柄もよろしく、干干照り照りで君が出かけている間に取り込んでおきました」
「…………」
気まずい沈黙が部屋を包み込む。
「あ、あの、ああの……ふ、触れ合ったら、弁慶さんの心が見えちゃう、かな、って……」
「僕はかまいませんが」
「ひっ!」
すっくと立ち上がった弁慶を見て、優樹は思わずあとずさった。
近づきながら上衣を脱ぎ始めた弁慶を見て優樹は悲鳴を上げて顔を覆った。
「べ、べんっべべっべ弁慶さん! 白昼で何をなさるおつもりでっ……うわ!」
ばさり、といきなり上衣を頭の上からかぶせられ、視界がきかなくなる。
思わず外そうとするも、強く抱きしめられ身動きがとれなくなる。
「……どうです、いまは僕の心がわかりますか?」
布越しに耳元で声が囁かれる。
「あ……あれ、き、聞こえないで、す……って、いま口開けて喋ってますよね弁慶さん」
「ええ。……はあ、よかった。これで心おきなく君に触れることができる」
「弁慶さん……やっぱり心の声聞こえます」
「ふふ……『心おきなく君に触れることができる』ですか? 残念ながら心の声でもあり僕の口から出た言葉でもあります」
「……で、でもどうして」
「君、相手の心の声が聞こえてきたとき、いつも直接肌を触れ合わせていたんじゃないんですか?
君の行動がおかしくなったとき、僕はたしかにそうだった。だからもしかしてと思ったんですよ」
「た、たしかに。そういえば銀さんの心の声が聞こえたときも――」
「――銀殿がなんですって」
優樹は固まった。心なしか抱きしめる腕が強ばっている気がした。
「…………エ、エーと、ですね。銀さんっていう木の精霊さん、と今日お話したんですヨー。あ、アハハ。
いやー木肌が本当にごわごわしていたナー」
「……君は白昼、銀殿と肌を直接触れ合わせるようなことをしていたわけだ」
「不可抗力ですよっ!!!!!!! なんにもやましいこととかいやらしいことなんてないですからっ!!!!!」
「……どうかな、君はとてもいやらしい人だから」
「な、何言ってんですっ!?」
思わず胸を押し返そうとすると、抱きしめる力が強くなった。