闇路灯す蛍に恋い焦がれて
□闇路灯す蛍に恋い焦がれて
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――こんな世の中で生きていたって、いいことなどあるのだろうか。
幼子は、毒吐いた。
――ここは地獄だ。この世は地獄だ。犬畜生よりも惨めだ。
幼子は痩せ細った己の腕を見た。
天災による飢饉。苦しみあえぐ村の人たち。
耕しても耕しても、実ることのない荒れ地。
鍬を手にして畑を耕すことも、魚獣を捕らえるための技量も持っていなかった幼子は、ただのごくつぶしでしかなかった。
――ごくつぶし。ごくつぶしごくつぶし。働けもしないくせに、いっちょ前に飯だけ減らして――。
幼子は、怯えながら暮らしていた。
口よりも多くを語る村人の視線から逃れるように、身を縮めていた。
できるのは、小さな木の実や葉を持ち帰ること。水を汲んでくること。――怒られないように身をひそめていること。
――神様、神様神様、仏様。どうか助けてください。
幼子は毎日祈っていた。
――大変だ、あそこの母親――……。
幼子は耳をふさいだ。
――飢饉で食べ物もねえってのに、その上、もし広まりでもしたら……。
幼子はうずくまった。
――お前のかか様は前世で悪いことをしたから――になったんだ。
幼子は泣いた。
――ならお前達も来世は地獄に堕ちるだろう。かかを村から追い出すお前らも地獄に堕ちろ。
泣き叫ぶ声は、ただ幼子の胸の内で響いた。
――すまねえ。
そう言ったかかを、幼子は泣きじゃくりながら見上げた。
――かか、かか、行かないで。
荷とも呼べぬわずかなぼろ切れを携え村境を越えていこうとするかかに向かって、幼子は叫んだ。
顔を歪めたかかは、地にひざをついて幼子の頭をなでようとした。
――触ればうつる。
村の男が言っていた言葉を思いだし、幼子は怯えながら後ずさった。
かかは、この世で一番悲しい顔をした。
――ごめんなさい。
幼子は一層泣いた。
――ごめんなさい。
自分はやってはいけないことをしてしまったのだと、幼子はわかった。
――行く。かかと一緒に行く。
幼子はかかの足にしがみついた。
――ずっと一緒にいる。一緒にいるから、かかはさみしくないんだよぅ。
幼子の言葉はしゃくりだらけで、果たしてかかに届いていたかはわからない。
ただ、かかは泣き笑いをした。そして、幼子の手を引いていった。
村からは、ごくつぶしが二人消えた。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇
――かか、どこに行くん?
かかと一緒にいられることがうれしくて、幼子は笑いながら聞いた。
――そうさねえ……――に行こうかねえ。
その名前は、幼子の知らない音の連なりであった。
――どこにあるん? ――ってどこにあるん?
――遠い、遠いところにあるんよ。そこに行ってお参りすれば、神様仏様が極楽へと連れて行ってくださるんよ。
極楽はどこにあるのだろう。きっと――よりも遠くにあるにちがいないと幼子は思った。
――もしかしたら――も治してくださるかもしれん。
ぽつりと落とされた言葉に、幼子はかかを見上げた。
そうしたら、また村に戻れるね。なぜかその言葉をかかに向かって口にすることができなかった。
足を運んでも運んでも――にはたどりつけなかった。