黒蝶は鮮青の風に吹かれる

□休息<友情ルート>
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「二人の舞を見るだけなら……」


「そんなこと言わずに、一緒にやりましょう」


優樹は自信無く朔を見た。


「できるかなあ……」

「大丈夫よ。私もできる限り丁寧に教えるわ。
……それに、女同士なんですもの。せっかくだからゆっくり話もしたいわ」


最後は周りをはばかるように朔は声を縮めた。


「そう、だね。言われてみれば、朔とゆっくり話したことなかったし」

「二人とも稽古稽古って、いつも飛ぶように出ていってしまうんだもの。
せっかく女友達ができたと思ったのに淋しかったわ」


そういえば、今まで剣術のことしか考えていなかった気がする。
二人は苦笑し、少し悪いことをしてしまったと反省した。


「それじゃあ、練習をしましょうか。私と望美の部屋を使いましょう」







最初こそ二人はあたふたと手足を動かしていた。

手の方に集中すると足の動きが止まってしまい、足に意識を集中させると、手が止まったままになってしまった。

けれど、朔が根気よく一つ一つの動きを丁寧に教えてくれたおかげで
幾分かましな動きができるようになっていた。






はあ、と望美は床に足を投げ出した。


「けっこう舞って、ゆったりしてるようで体力使うんだね」

「ほんと、すごい汗かく」


優樹も同じように足を投げ出した。


「でも、二人とも呑み込みが早いわ。私もとても教えがいがあるし。
はい、二人ともどうぞ」


望美は朔からお茶を受け取った。


「ありがとう。すごくのど渇いたから……あーおいしー」

「私ものどからから。朔、ありがとう」


優樹もお茶でのどを潤わせると、朔はその愛らしい瞳で優樹を見つめてきた。


「? どうしたの」


その視線に気が付き、優樹は首をかしげた。


「あ、ごめんなさい。普段、優樹が自分のことを私っていうの聞いたことがなかったから……」


優樹は笑った。


「そういえばそうだったね。
女の子同士だから、今はいいかなあと思って」

「うれしいわ。私の前では遠慮なく女の子に戻った良いわよ。
……でも、どうして男の子のふりなんてするの?」


「九郎さんが優樹のこと男の子と間違えたからだって」


望美の説明に、朔は首をかしげた。


「それだったら、九郎殿に本当のことを言えばいいんじゃないかしら。
何も男の方のふりまでしなくても」


ふふふ、と優樹は笑った。


「いつかは言うつもりだよ。
でも、もう少し時間を置いてからの方が九郎さんの反応おもしろそうだし」


望美は半目になって優樹を見た。


「悪い顔だなー。
そんなことのために“僕”なんて一人称まで使っちゃって」

「それは私も後悔してる。思えば男の人でも私っていう人は多いし、結構使い分けるのに苦労するんだよね……。
それから、九郎さんをからかうためだけってわけじゃないよ。
男の方が危険が少なそうだし、動きやすいって思ったんだよ」


朔は頬に手をあてた。


「……たしかに女の身で行動すると危ない目に遭うことも増えるでしょうけれど……」


朔は優樹に視線を向けた。


「……そういう好みの方も多いから、気を付けたほうが良いかもしれないわ」


優樹と望美は首をかしげた。


「そういう好み?」


朔は、恥ずかしそうに視線をさまよわせた。


「えっと……男同士の関係を好む方もいるということよ」


二人は顔を赤くした。


「お、男の人同士……」


望美は恥ずかしさのあまり口を手で覆った。

朔は目元を赤く染める。


「そういう人たちは……稚児を愛でる方も多いそうなの」

「え、ええっ」


優樹はばっと自分の身体を抱きしめた。


そういえば九郎には稚児扱いされたのだ。
元服はすませたのか、と聞かれたということはそう見えるということだろう。

“そういった人たち”の対象の中に、優樹は思いっきり入ってしまっている。


「い、いやだよ私。そんな複雑な貞操の危機……っ」

「え、えっと、そういった人もいるって話だけで、みんながみんなそういうわけではないわ!」


気恥ずかしいような、妙な空気に包まれる。


「まあ……いろんな好みを持つ人がいるってことだよね」


優樹は甘ったるく絡むような空気を取り払うように恥ずかしそうに声を出した。


「そ、そうだよねー」

「え、ええ、そうよ」


はははーと渇いた笑いが響く。


「と、ところで、二人は誰か男の人を好きになったことがある?」


朔が話題を変えようと、声音高くそう言ってきた。


「え、す、好きな人?」


望美はどもりながら聞き返した。

けれど、結局のところ女の子はこういった話が好きなのだ。
三人は膝を寄せあった。


「もしかして、今好きな人がいる?」

「え、え〜私はいないかなあ。
まだ誰かを好きになったこともないし。優樹は?」

「え、私? 私は……私もないかな。
バレンタインも友チョコの交換だけだったし」

「ばれんたいん?」


首をかしげた朔に、優樹は現代にしか通用しない言葉を使ってしまったと気が付く。


「えっと……私たちの世界にバレンタインって日があって……。
その日は好きな人にお菓子とか花を贈る習慣があるんだよ」

「素敵ね、そんな風習があるなんて。あなたたちも誰かに送ったことはあるの?」


やはり女の子は恋にまつわる行事が好きなようだ。
朔は瞳を輝かせて聞いてきた。


「残念ながらないかな。もらったこともないしね。
けっこう好きな人に渡すよりも友達同士で送りあうのが普通だったし」

「私も同じかな。女の子同士で交換するのがほとんどだったよ」


二人がそう言うと、朔は残念そうな顔をした。


「せっかくそういった風習があるのに、もったいないわね」


優樹は苦笑した。


「まあ、恋愛ごとに疎いとそういった形には実らないのかな。
それよりも朔は? 朔も誰かを好きになったことがある?」

「そうだよ、朔はどうなの?」


二人が詰め寄ると、朔は大人びた表情で微笑んだ。


「ええ、いたわ。私にとって最高の人が」
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