黒蝶は鮮青の風に吹かれる
□休息<友情ルート>
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「どんな人だったのその人。初恋の人?」
望美が興味津々に聞くと、彼女は遠い過去を思い出すような瞳をした。
「ええ……。本気で私が愛した人よ。
周りに反対されたけれど、その人と夫婦の契りを結んだわ」
「え?」
二人は固まった。
「ふ、夫婦の契り?」
朔は肯定するように微笑んだ。
「えええぇえっ!?」
二人はとてつもなく大きな衝撃を受けた。
ふ、夫婦の契りって!?
恋愛話が一気にそっちの方向にまで進んでしまうとは、やはり時代の為(な)せる業(わざ)ということだろうか。
だが、驚きながらも、優樹は朔の言葉にひっかかりを感じた。
いたわ。
それは、まるで過去の出来事を言っているようで。
「……私が好きになった人は、黒龍よ」
「黒龍……?」
優樹が聞き返すと、朔はうなずいた。
「ええ。応龍の半身、白龍の片割れよ」
優樹と望美は驚きのあまり言葉を失った。
それでは、朔は神様と夫婦の契りを交わしたことになる。
けれど、そんな驚きよりも、黒龍の名前を口にした朔の愁えた表情が気にかかった。
朔は息を吐き出すように言葉を紡いだ。
「でも、あの人は突然消えてしまったわ。
この京から応龍の加護が消えたのとちょうど同じ時に。
……幾度春が過ぎて、冬を越えても、あの人のことが忘れられないの」
「……朔は、黒龍のことを本当に愛していたんだね」
望美が静かに落とした言葉に、朔は瞳を揺らした。
「ええ……。あの人も、私のことを愛してくれた」
彼女は息をつくように微笑んだ。
「不思議ね。あの人と過ごした日々が今の私の心を突き刺し続けるのに
出会わなければよかったとは思わないわ。忘れたいとも。
あの人との日々が私に幸せをくれたのも本当だから。
……今、私を苦しませ続ける悲しみが、あの時の二人の愛を真実だと言っているのだとしたら
変なことかもしれないけど、私はうれしいわ」
そういった朔の表情はすでに一人の女性のものだった。
普段から感じていた彼女の大人びた様子は、深い悲しみの中で育(はぐく)まれたものなのかもしれなかった。
「ごめんなさい。なんだか暗い話をしてしまって……」
謝る朔に、望美は首を振った。
「ううん、そんなことないよ。
とってもいい話……って言っちゃいけないだろうけど、素敵な話だったよ」
朔は、瞳を揺らして微笑んだ。
「……ありがとう」
優樹は感慨にふけるように床を見つめながら微笑んだ。
「……それだけ愛し合える人に、私も巡り会いたいな」
ぽつりと呟いた言葉に、望美は笑った。
「珍しいね、優樹がそんなこと言うなんて」
「……やっぱり私もそういうことに憧れてたんだなあって、朔の話聞いて思ったの。
一度は夢見るものじゃない? そういうの」
朔は微笑んだ。
「きっと出会えるわ。恋なんて、いつ始まるかわからないものだけれど
自分自身の心に嘘をつかないでいればきっと。
縁(えにし)はどこで結ばれるかわからないものよ」
その後も三人は、恋の話を花開かせていた。
その日は、女の子だけで過ごす楽しい一日となった。
→第十三話
(→あとがき)