黒蝶は鮮青の風に吹かれる

□結界の先
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「……とは言ったものの、見失ってしまいましたね」


リスの後を追うように歩きながら優樹は呟いた。


「もう、その話はいいよ」


望美は恥ずかしそうに優樹を見た。

ふふっ、と優樹は笑った。


「…………って、あれ?」


優樹は目を凝らして先の方を見た。


リスだ。


望美たちもそれに気付いたようだった。

優樹と望美は思わず顔を見合わせた。


リスは、優樹たちが近づくと走りだし、そして再び待っているかのように止まり、こちらを振り返った。


「…………」


得意気な笑顔を浮かべてきた望美に優樹は嫌そうな顔をした。


「わかったよ……」

「まだ何も言ってないけど、私」



幾度目だろうか。
望美たちが近づき、再びリスが走り出した時だった。


「あ……」


思わず望美は声を上げる。


リスが走って行ったその先に、人がいたのだ。


それは間違いなく、神泉苑で望美が出会った人物だった。


優樹も驚いたようにその人を見つめる。


(金髪に……青い瞳……)


この人が、九郎の師匠だろうか。


大きな体躯は、木々の生い茂った山の中では目立つ。

けれど、不思議とその空気は周りに馴染んでいた。

まるで、自然とともに呼吸をしているように。


「来たか……」


口元を布で覆ったその人は、静かに、けれどはっきりと優樹たちの耳に届く声でそう言った。


望美は彼に近づいていった。

おそるおそるといった雰囲気の望美を、彼は静かに見つめていた。


「リズ、ヴァーンさん……」


彼の名前を噛みしめるように呟いた望美の袖を、白龍が引いた。


「神子……彼は地の玄武。あなたを守る八葉の一人だよ」


望美は驚いたように彼を見つめた。


「八葉……」

「いかにも。この身に宿す力は全てお前を守るためにある」


彼は今まで出会った八葉とは違い、八葉と言われたことに驚いた様子を見せなかった。
まるで最初からすべてを知っているかのように。



望美は意を決したように口を開いた。


「私、あなたに花断ちを教えてもらいにここまで来たんです。
九郎さん……あなたのお弟子さんである九郎さんにどうしても認めてもらわなくてはいけなくて……」


彼は静かに言葉を落とす。


「神子……お前はもう花断ちを使える。ただ気付いていないだけだ」

「でも、私まだ……」


望美を諭すように彼は続けた。


「全てはお前の中にある。
何があって何が見ていないのか。風はどこへ吹き、星はどこをめぐるのか。
己自身をよく見つめなさい」


望美は困惑したようにリズヴァーンを見つめていた。
何か言わなくてはと、口を開いては閉じる。


彼は、そんな望美をただ静かに見つめていた。


「答えを急(せ)いではいけない。わからないのもまた真実。
真実から目を逸らさずに、己が進むべき道を見つけなさい」

「リズヴァーンさん……。どうか力を貸してくれませんか。
八葉であるあなたに一緒に来てほしいんです」


望美は困惑しながらも、今言わなくてはならないと思うことを口にした。

彼はそんな望美を静かに見つめた。


「全ては神子の望むままに。お前が求めるのなら、この力を託(たく)そう」

「いいん、ですか?」


望美がそう聞くと、彼は口を覆っている布越しに微笑んだように見えた。

望美は微笑んだ。


「ありがとうございます!」



彼はふと、優樹を見つめてきた。


「お前も、刀の道を望むなら急(せ)いではいけない。
流れる水のように全てをそのままに受け止めれば、答えは自(おの)ずと見えてこよう」


「は、い……」


どうして彼がそんなことを言ってきたのか。
それはわからなかったが、彼が言ったことはとても大事なことのように思えた。

水のように心に染み入ってくる言葉に、優樹は無意識に返事をしていた。






→第十一話


(→あとがき)
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