黒蝶はつがいの風にのる

□しのびて通う、道もがな
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「……ちなみにさっきの話の続きですが……男女交合……僕が言おうとしていたのは、男である僕の気を君に渡すことが陰に陽を注ぐことになるんじゃないかということ。
以前、望美さんに触れたことで君の穢れが払われたことがあったでしょう? つまりは、触れ合うことでお互いの気を交わせることが交合の目的です。……なのに、君は顔を真っ赤にして」


布越しに熱い息が伝わってきて優樹は思わず身じろぎした。


「……一体どんな想像をしたんですかね、君は」

「し、知りません!」


いま顔が熱いのは、頭から上衣に覆われているせいだ。


「……まあ、本当はソウいう意味ではあるんですけど」

「え? いまなんて言ったんですか」

「いえ、独り言です。……まあ、これで効があらわれなかったら試さざるえなくなるかもしれませんね」

「え? いまなんて」

「なんでもないですよ」


弁慶は、笑みを深めながら力を込めた。


「べ、弁慶さん、あ、暑いです……」

「我慢してください。……元に戻れなくていいんですか」

「も、戻りたいですけど、さすがに苦しいです……」


胸を押し返す手に力を込めると、ようやく拘束がゆるんだ。
しゅるり、と衣がすべり、視界が開けてくる。

はあ、と水を求める魚のように優樹は息を吸った。
すると、弁慶と目があった。


「って、弁慶さん……っ!?」

「…………触れ合わないと効能があったのかたしかめられないでしょう」


布越しに顔を両手ではさまれたまま、顔を近づけられる。

唇が触れ合う前に、鼻先がこすれあう。優樹はびくっとして目を見開いた。

心の声は――聞こえてこなかった……――代わりに脳内に映像が伝わってきた。
見てはいけない大人の薔薇色の世界を垣間見て、優樹の頭の働きが完全に止まった。

こ、これは……弁慶さんが考えているアレやコレや……っいやそんな馬鹿なこれは何かの間違……――っ。


「――……っ」


唇が触れ合いぬるりとしたものが入り込んできた、と思った瞬間、突然ごっと鈍い音が聞こえてきた。


「えっ!? べ、弁慶さん!!?」


なぜか弁慶は完全に意識を失っているのか、全体重がのしかかってきて優樹は背中を壁に支えられながらずるずるとへたりこんでいった。

弁慶を抱き抱えたまま、優樹はからころからころ、と音を立てながら床を転がっていくものを視界のはしにとらえた。



「あああああ! あの小瓶!」


優樹が割って破片にしたかと思うといつのまにか消えていた例の小瓶が、すぐそばの床を元の形で転がっていた。


「べ、弁慶さん! 起きてください! あの小瓶がっ!!!」



なんとか起こそうと髪をなでつけていると、ふと違和感が。
あれ……弁慶さんの後頭部にたんこぶができているような……ってそうじゃない。


「弁慶さん! 大丈夫ですか、しっかりしてください!」


ぺちぺち、と顔を軽くたたくと、うめき声が聞こえてきた。


「……う、なん、ですか」


しかめっ面の弁慶を見ながら優樹はほっと息をついた。


互いに触れ合ったまま心の声が聞こえていないことに気がつくのは、数秒先の未来の話である。



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