黒蝶は片割れ月に誘われる

□03.荒法師との決闘
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「弁慶さん、薙刀じゃないんですね」


五条大橋近くの河原で優樹は弁慶と落ち合い、目を丸くした。
彼の手に握られているのは、見慣れた大柄の薙刀ではなく木刀であった。


「薙刀なんて使ったら、下手したら大けがをするではありませんか」

「たしかに、そうですね。でも意外です。弁慶さんが刀を使うなんて」

「昔は僕もよく刀を扱っていましたよ。少し加減が難しいので、もっぱら薙刀を使うようにはなりましたが。
多少の手合わせの相手くらいにならなれると思いますよ」


しかし、五条大橋の近くで弁慶と決闘とは。
しいていうなら私は牛若丸か?

まんざらでもない、といったように優樹はあごをさすりむふふと笑った。

弁慶は着慣れた外套を取り外すと、丁寧に折り畳んで荷物を重石代わりに離れへと置いた。


「よろしくお願いします」


礼をし終えると、木刀をゆっくりとかまえた。
対する弁慶は、かまえをとっているにも関わらず、戦いを前にした者のようには見えなかった。


「さあ、いつでも、どこからでもどうぞ」


穏やかな笑みに、逆に恐怖すら抱く。
思えば、弁慶と対峙するのはこれが初めてである。


「じっとしていたら、獲物は仕留められませんよ」


挑発だろうか。だが、もっともな言葉。
ざり、と足元がすべる。

次の瞬間、大きく踏み込み上段から攻め込んだ。

だが、すぐにはっと息を飲み込み脇をしめた。
目の前にいたはずの弁慶が、横にいた。


早い!


とっさに防御をとると、かん、と甲高い音が鳴り響いた。
なんとかいなせた。息をつこうとして優樹はぎょっとした。

弁慶はすでに打つかまえをとっていた。

まずい打たれる。
刃を支えるために、とっさに左手が出た。
ずしり、と正面から重圧がかかる。
真刀だったら真正面から受ければ折れているところだが、そんなことを考えている余裕などなかった。


優樹はつばを飲み込んだ。
焦りで、うまく息が吸えない。


ちょっと待った! 型とかなさすぎ!!


弁慶から打ち込まれる一太刀一太刀を受け流すのが精一杯である。


まるで野獣を相手にしているようであった。

早すぎる。

正攻法じゃ勝てない。


目が合った途端、ふ、と男が微笑む。
ごくりとつばを飲み込んだ。

次の瞬間、足に強い衝撃を受ける。
同時に、視界が一転し、青空が流れる。


嘘……足払われた!?


どん、としたたか背中を地面に打ちつけると同時に、ひゅっと刃が首筋を横切る。
ぐさり、と刃先が地面をえぐる音が耳の真横から聞こえてきた。

逆光のなか見下ろしてきた男は優雅に微笑んではいたが、その瞳は獣のように輝いていた。

一瞬男の手にしているものが木刀であることを忘れ、本気で命の危険を感じた。


「僕の勝ち、ですね」


男の笑みが深まる。


こんなのありか……?


額からは、どっと汗が噴き出した。
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