黒蝶は片割れ月に誘われる
□02.いざ、弓勝負
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「今日は、なかなかおもしろいことが起こる日だったようですね。
まさか九郎自ら稽古をつけるとは……一体どういう風の吹き回しでしょうね。
望美さん、ずいぶんと九郎に買われているみたいですね」
「……そう、ですかね……? いえ、そんなことはないですよっ」
弁慶の言葉にうれしそうな顔を見せるも、望美は般若のような顔に早変わりした。
その豹変ぶりを横で見て、優樹は思わず引いてしまった。
「いっっっっっつも! いっっっっっっっっつも! 用もないのに邸にやってきては嫌味ばかり言う!
今日はっ、ちょっとばかりは認めてくれたのかもしれないけど、でもっ、九郎さんは私のことっ……!」
思い出しながら怒りで言葉が詰まったのか、望美はぐっと押し黙った。
こんなに負の感情を表立たせるのを見るのは、出会ってから初めてのことかもしれない。
望美をここまで怒らせる九郎という存在も、ある意味すごいのかもしれない。
優樹の中にはなぞの感心が生まれていた。
「九郎もわかりずらいですし、素直じゃないですからね。
頑固で強情で勝手に一人で突っ走っては陰で後悔して自分でもどうすれば良いかわからずに悩んだり……。
正直、感心することが多いくらいの迷走を見せてくれますから」
……弁慶さん、何気ない顔でさらりと批判の言葉を言い放てるあなたにもだいぶ感心がもてますよ。
「九郎は望美さんのことをだいぶ買っていると思いますよ」
弁慶の言葉に、優樹も思うことがあった。
正直、優樹も同じことを考えていた。
望美は九郎に気に入られている。
この事実を、両者ともに認めたがらないかもしれないが。
あのときの自分の考えは思い過ごしではなかったのだろう、と優樹は記憶を振り返った。
『さっそくですが、手合わせを願います!』
今朝、そう意気込んできた望美を見たときの九郎。
ものすごく不機嫌そうな顔をつくろうとしていたが、顔を手で隠していたときに口元が一瞬笑っていたのを優樹は見逃さなかった。
まさか道場破りがごとく乗り込んできた相手に対して笑うなんて、と思い自分のなかに一瞬浮かんだ憶測をすぐに霧散させたが、気のせいではなかったのだろう。
それに、「花断ちだけでも見せてほしい」と食らいつかれたあとの様子だってそうだ。
あきれた顔をして背を向けていたが、その顔が見えるか見えなくなるかぎりぎりのときに、思わず口が笑っていたのも優樹はとらえていた。
自分に食らいつこうとして、何が何でも認めさせようとするその姿勢に、何かしら思うことがあったのだろう。
だからこそ、今日は自ら稽古をつけてくれたのではないだろうか。
「……良いな、九郎さんに手合わせしてもらえて」
思わず、本音が漏れてしまう。
「えっ、優樹も九郎さんに稽古をつけてもらいたかった?」
「そりゃあ、ね。……九郎さんの花断ちは本当にかっこよかったし、自分もできるようになりたいからさ」
「おやおや、意外に九郎は君の好意を勝ち取っていたんですね。妬けますね。
僕でよろしかったら、今度手合わせしましょうか」
「本当ですか?」
思ってもみない提言に、優樹は瞳を輝かせた。
「ええ。……うまく加減ができるかはわかりませんが」
ぼそり、と呟かれた末尾の言葉は、浮き足立っていた優樹には届かなかった。