闇路灯す蛍に恋い焦がれて
□闇路灯す蛍に恋い焦がれて
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2.入京
「玄影さんは京にどんな用事があるんですか?」
玄影が一行に加わってより、望美は興味津々に質問を浴びせてきた。
どうやら、元より人と関わり合うのが好きな質のようだ。
「知り合いが京にいるので。その縁で」
「へえ、そうだったんですか」
まったくの嘘八百を、玄影は笑顔にのせた。
その実は湛快の密命を受けての旅路であった。
その命というのがいささか不本意なものであって、昨晩玄影の機嫌は傾いていたのだが。
「玄影、どうしたの。そんなに難しい顔をして」
下方より白龍に声をかけられ、玄影は慌てて笑みを浮かべ直した。
「いえ、なんでもありませんよ」
どうやら昨日のことをまだ引きずっていたようだ、と玄影は己を戒めるように頭を振った。
一度下された命ならば、どのようなものでも忠実にこなしてみせる、と玄影は密かに息巻いた。
それにしても、と玄影は低い位置にある白龍の顔を見つめた。
……本当に愛らしい子だな。
小首を傾げて見上げてきた姿に、玄影は口元をほころばせた。
自分よりも小さな子に接する機会というものがほとんどなかったために、物珍しさとともに保護欲が湧き上がってきた。
我慢できずに自分の腰ほどの高さにある頭をぽんぽんとなでた。
白銀の髪がさらさらと手のひらを心地よく滑る。
それが不思議な出来事だったというように、白龍はきょとんとした顔をしていた。
「玄影さん、子ども好きなんですか」
その様子を横で眺めていた望美が嬉しそうに笑っていた。
子ども好き、子ども好きか。あまり幼子と接したことがないから、そのように自覚したことはなかったなと玄影は自分の心境を深慮した。
「いえ、自分の子ができたら、このような気持ちになるのかと思いまして」
「まあ、玄影殿ったら」
くすくす、と朔が口元を隠しながら鈴のような笑い声を発した。
自分はおかしなことを言ってしまっただろうか、と玄影は白龍と同じく首をかしげた。
「玄影殿はまだ奥方を娶られていないのですか?」
「ええ。思えば、考えたこともなかったな」
「あら、意中の方はいらっしゃらないの?」
声を弾ませる朔に、なるほど、この手の類の話が好きなんだな、と玄影は一人納得した。
見れば望美もいつ話に介入しようかとうずうずとしている様子であった。
――なるほどなるほど、やはり女人というのはこういう話が好きなのか。
「さ、朔、そんなことを聞いちゃ玄影くんに失礼じゃないか」
「あら兄上、どうしてそんなことをおっしゃるの」
――兄上? これは意外な事実を知ってしまった、と玄影は朔と景時の顔を見比べた。
まさかこの二人が縁者だったとは。
「景時殿、別に私は構いませんよ。どうぞお気遣いなく」
「あ、あ〜うん……君がそう言うなら、良いんだ……」
歯切れの悪い物言いに、玄影は小首を傾げた。景時殿は一体何をそんなに心配そうにしているのか。
だが、己に注がれた視線を分析すること数拍。ああ、なるほど、と玄影は笑みをこぼした。
――目が笑っていない。
妹御にはくれぐれも手を出すなということか、と愉快そうに笑った。そんな心配は無用だというのに。
「この身をすべて捧げたい、と願う相手ならいますよ」
玄影が静かに呟くと、少女二人は急に色めき立った声を上げた。
その様子にわずかながら苦笑をこぼす。
「おそらく朔殿や望美殿が思っているような相手ではないでしょうが」
何せ、あの方にはもう奥方がいる。それに、恋い焦がれる対象というわけではない。
けして汚すことのできない、何とも比べることのできない存在。
「違う、とはどういうことかしら」
控えめでけして他人に深入りしない女人、という印象のあった朔であったが、この手の話題に限ってはぐいぐいとせまってくるようであった。
瞳を輝かせて話を促す姿に、愛らしいものだな、と笑みがこぼれる。
だが、どう説明したものかと思い悩んだ。意中の者がいるとほのめかすことで、景時の視線から険を抜くことには成功したが。
言わなければよかっただろうか、と今さらながらに淡い後悔が浮かんだ。
自分の内情をあまり人に話したことなどない。
同年代の者と話す機会というのも少なかったから、つい嬉しくなって口が軽くなってしまったのやもしれない。
「玄影殿……? ごめんなさい、もしかして聞いちゃいけないようなことだったかしら」
突然黙してしまった玄影に不安になったのだろう。
玄影は安心させるように首をゆるりと振った。
「いえ……ただ、その願いも叶わないのだろうと思いまして」
『――お前はもっと自由に飛べるんだぜ』
……どうしてあの方がそんなことを言ったのか、わからない。
私は自分の意思で、思う道を選んでいるというのに。
「その方は、私の願いを喜んではいないようでしたから」
「……もしやその方にはもうお相手がいるのかしら」
「……そういう言い方もできるかもしれませんね」
自分の元から離れろ、と暗にほのめかされていることはわかった。
けれど、それだけは聞けない。聞きたくない。
「――欲しいものがあるなら、そんな風に思い悩む前に奪っちまえばいいだろう」