闇路灯す蛍に恋い焦がれて

□闇路灯す蛍に恋い焦がれて
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1.帰還と旅立ち




「熊野に来るのもひさしぶりだな」



照りつける太陽から守るように笠で頭を覆っていた人影は、ぽつりと呟いた。
笠の影となっており、その顔かたちの詳細はうかがえない。

ただ、身体つきは成熟しきっておらず、まだ幼さを残していた。
そして、その声も男とも女ともとれぬ未成熟の高さを持っていた。


青年――端から見たらそう見える装束に身を包んだ――は延々と続く長い道をひたすらに歩いていた。
彼が歩いている道は、熊野参詣をする際に用いられる道であった。

青年は笠を持ち上げ、観察するように目を走らせた。


以前はこの道も、熊野詣のために人が蟻のように列をつくって踏み固めていたものだったが、最近は怨霊に襲われることを危惧してか人の数がめっきりと減っていた。
怨霊だけの影響ではない。戦続きで紊乱(ぶんらん)した世には、盗賊まがいの真似をする連中も増えている。

人とすれちがうこと自体が珍しいと思えるほど閑散とした道を歩きながら、青年は眉をひそめた。


「境を越えてからは怨霊を見かけていないけれど……前より空気がよどんでいる、か?
他の地に比べたら澄んではいるようだけれど……」


独り言は誰の耳に入るでもなく、蝉時雨に包まれかき消えていった。
青年はあごをなぞりながら、ふむ、と何事かを思いやった。


「まずは本宮……に寄るべきだろうな。いや、あの方はふらふらとよく出歩くから……新宮、那智……。
でも、隠居してからは大人しくなって……いるのだろうか……いや、いるにちがいない。
だから本宮でのほほんと……しているのだろうか。……うん、とりあえず本宮に寄るか。
無事に帰って来られたことの感謝の意と道々のことを熊野の神々にご報告しなくてはならないしな」


一人で百面相をしていたその顔は、どことなくうれしそうであった。

花がほころんだようなその笑みを見たものがいたとしたら、まるで女子(おなご)のようだと思ったにちがいない。



ふと青年は、目を細めた。遠くに一際目立つ一団をとらえたためである。
遠目からでも、この土地の者ではないとわかる出で立ちであった。熊野詣をしにきたのだろうか。

ひどくちぐはぐな集団だと思った。身にまとっているものが不揃いすぎる。見たこともない異国風の装束をまとう者もいた。
特に、腰ほどまで髪を伸ばした少女が一番目についた。膝よりも上に裾がある、甚だ短い装束を身にまとっている。


おや、と青年は眉を上げた。日の光に照らされ燦々と輝いている金色の髪。――鬼も混ざっている。
あきらかにそうとわかる鬼の特徴を兼ね備えた人物が一行の中にいる。金髪碧眼。そして大きな体躯。
後ろ姿しか見えないため瞳の色までは確認できなかったものの――そもそもこの距離では正面から見ても色の判別はできない――あれは鬼ではないか、と想像することは容易かった。


他の面々にも目を走らせたとき、赤髪の人物にも目が止まった。赤髪の――。
げ、と青年は顔を歪めた。思わず足を止めてしまう。

引き返そうかと足先を反対方向へと向けようとするものの、本宮に向かうためにはこの道を通らなければならない。
別の道を使えばひどく遠回りになってしまう。

回り道をしていこうか、どうしようかと不審な挙動を繰り返した後、青年はしわの寄った眉間をもんだ。



「(落ち着け、落ち着け……まさかあいつ……なわけないよな。他人の空似……うん、きっとそうだ。……そうだ)」


本人だったとしても、慌てる必要はなかろう、と青年は自分を落ち着けた。


「(……相手は私のことわかるわけない……はず)」


うんうんと自分を納得させるようにうなずきを繰り返す。
そして、気を取り直して足を進めた。


つかず離れずの距離を保ちながら、ふと、一行の先に別の一団をとらえ、青年はさっと木に身を隠した。
そして、陰に隠れながら距離を縮めていく。予想通りの人物連がいたことに、青年は目を細めた。
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