短編集

□まだ先は長い
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 毎年、秋の収穫を祝う為の祭がある。この祭では玉依姫が鬼神に感謝を込めて舞を奉納することになっており、今年十六歳になった姫は今日も今日とて本番に向けて稽古中。




「千歳様、母上。お茶を淹れましたから少し休憩にしませんか?」


 緋焔と舞の稽古をしていた千歳のもとに、彼女の護衛役である昴が、団子と湯吞を乗せた盆を手に部屋に入ってきた。


「千歳様、稽古は順調にいってますか?」
「うん、順調。だけどまだまだ、かな」
「お前、あれだけやって【まだまだ】はないだろう。本番前に倒れたらどうするつもりだ」

 千歳の答えに緋焔は頭痛を覚える。毎日、千歳に稽古をつけている彼女からしたら充分過ぎるほどの完成度なのだ。やはり鬼神―母親―に納める舞だからだろうか、千歳は最高の舞をするためにいささか無理をするところがある。
昨日、とうとう彼女の父親である総司から叱られたのだ。叱られたのは千歳ではなく、緋焔なのだが。理不尽である。

 だからこそ、良い頃合になると茶を運んできてくれる息子に感謝をしている。
彼が来ないと千歳は休んではくれないのだ。早くに母を亡くした彼女は、はやく一人前にならねばと責任を感じながら必死に生きている。
 しかし、そんな彼女の緊張の糸を唯一解きほぐすことができるのが昴なのだ。


「そうですか、でも無茶はしないでくださいね千歳様」
 微笑むと昴はてきぱきと二人の前に湯吞と団子の乗った小皿を置いていく。
 まだ湯気が出ている団子は、彼のお手製だ。
 彼は料理が得意だが、その中でも茶菓子と薬膳は絶品と言われており、鬼神への供物も担当している。
秋の祭りの二週間前から供物の試作として菓子を沢山作り始めるのだが、今日はみたらし団子を作ったようである。

 明日は何が出てくるか楽しみだな、緋焔としては磯辺餅が食べたいところである。
 千歳を見れば、これでもかと言うほどに瞳を輝かせて団子を見つめて待っているのだ。
はやく食べたいのだろう、そわそわしている。


「「「いただきます」」」



 二人の前に置かれた小皿には、団子が五個ずつ盛られているが、まとめて串に刺さずに楊枝を添えるだけにしている。
手元や髪を汚さぬようにと、配慮されており昴の性格がよく表れた一皿だ。
 すぐに千歳は団子のひとつに楊枝を刺し、口に運び咀嚼する。


「美味しい!!」
「それは良かった。まだ沢山作ってありますから焦らず召し上がってくださいね」
 にこにこして団子を頬張る千歳の頭を、昴は優しく撫でる。
「お前、また腕を上げたなぁ。そろそろ茶屋でも開くか?村が総出で喜ぶぞ」
「母上、嬉しいですけど俺は貴女の作った団子の方が食べたいです。父上も喜びますし。あと茶屋の件は保留で」

 昴は母の言葉をさらりと流すが、保留とはどういうことだ。冗談で言ったのに、本気で考えているのかこの次男坊は。
 確かに昴が茶屋を開けば間違いなく大繁盛だろう、しかし千歳の護衛はどうなる。問題だぞ、いろんな意味で。

 そんな思考に飲まれていた緋焔は、一気に引き上げられる。

「昴、茶屋は開かなくていいから。村の皆が喜んでくれるのは私も嬉しい。でも昴は私の傍にいて」

 この言葉に、千歳の頭を撫でていた昴の手がぴたりと止まってしまう。しかし当然だろう、自分の想い人が突然無自覚で独占欲丸出しの発言をすれば。
 この娘は自分に向けられる心にも、自分の想いにも鈍い。母親にどこまでもそっくりなのだ。かと思えば、自分の昴への想いを無自覚に爆発させたり。そういうところは父親にそっくりで。
 血は争えないとは、まさにこのことを言うのだろう。


 緋焔がちらりと昴を見やれば、彼は彼で千歳を今すぐ抱きしめたいという別に我慢しなくてもよい衝動を、必死に理性で堪えている。


 千歳と昴は親公認の許婚なのだが、愛は自分達で育むもの、という親の方針によりそれを二人に伝えてはいない。
 昴は薄々気付いているようだが、わざわざ千歳に言うような真似はしていない。そのかわり、恐ろしいまでの精神力で本音を隠し通している。いつになればその想いは報われるやら。 逆に可哀想になってくるが、総司や勇司は楽しそうにしており、周りもそれを温かく見守っていた。
 心配しているのは、千鶴と千種くらいだろう
。だが、緋焔も今回ばかりはさすがに心配になりその晩、祠に行き鬼神に相談を持ちかけたのは別のお話...。

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