望んだ事はB

□ぬけがけ
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「七瀬!」

庵を出た途端に名前を呼ばれた。
叫びに近いような、怒りが隠っている。

分かっている。
ずっと庵の天井から感じていた気配。

「仙蔵・・・」

振り返ると立っていた。
その声とは反対に、表情は暗い。

そして、仙蔵だけではなく他の五六年生もいた。
皆複雑な心情をそれぞれの顔に浮かべている。

るるるときり丸の拉致を心配して集まった上級生。
しかし、聞いたのは七瀬の口から出た、帰るという言葉。

「怒りに任せて、馬鹿な事を」

冷静な仙蔵が先頭切って怒っている。
怖くはない。
ただ、伝わるその気持ちを受けとめるのは怖いかもしれない。

「・・・決めたんだ」

「え?何て?」

伊作が小さな嘆きのような声に耳を澄ませる。

「元々帰るつもりだったんだ。
怒りに任せてないよ」

敢えてゆっくりと語る。

「何で!帰りたくなったのかよ!」

三郎の声が後ろの方からした。
顔は見えないが、向きだけ合わせて答える。

「・・・違う。
帰りたい場所も待っている人もいない」

「それなら何で!」

兵助の声もする。
が、今度は下を向く七瀬。

「私はここにいたら駄目なんだよ。
今日のことでよく分かった」

「七瀬ちゃん!」

伊作が七瀬の想いを遮ろうとするかのように名を呼んだ。
しかし、七瀬の思考はグルクルと目眩のように悪い方へと回っていく。

るるるときり丸が拉致された。
沈みかけた船を見て、乱太郎が悲しそうに叫んだ。
しんべえが恐怖のあまり泣き止まなかった。

そして、今ここにいるみんなに、あんな顔をさせている。

『私は何でここにいるんだろう。
何のために帰るのだろう。
どうして存在するのだろう』

涙も出ない。
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