望んだ事はB

□ついに動いた
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あれから、何事もなかったかのように日が過ぎた。

市原周平も真面目に授業を手伝い、放課後は生徒とよく遊ぶ。
今までこんな先生はいなかったと、兄のように慕う生徒も出てきたほどだ。

「七瀬」

すっかり安心しきっていた。
気付けば、一年は組のクラスで二人きりになっていた。

夕焼けが綺麗な放課後。
みんな、委員会に勤しむ時間帯だ。

「何ですか?市原先生」

そうみんな呼んでいる。
しかし、面と向かって彼を呼んだのは、初めてだった。
それくらい接触していなかったんだなと、改めて気付いた。

窓から同じように空を見つめる周平。
二つの影が並んだように、教室の床に落ちた。

「何か悩んでる?」

「何も」

「はやっ」

速答。あったとしても、話す気はない態度を示している。

「当ててやろうか、っていうか答えを言ってやるよ」

彼は彼で無頓着だった。
いや、無神経かもしれない。

七瀬は無言で窓を離れると、ドアから廊下に出ようと歩き出す。

「!」

腕を掴まれた。
咄嗟に睨み返す七瀬。
心に余裕がないのは、分かっている。

周平の顔を見ると、反対に余裕綽々の顔をしていた。
その笑みは、最初に会った時の不敵なそれと似ている。

『こいつやはり危険だ』

そう思った瞬間、

「君はここにいちゃいけない」

心臓にその言葉が突き刺さった。
ドクリドクリと、抵抗するかのように音をたてる。
トゲが抜けない。

「利吉さんと土井先生に亀裂が入ったかもしれない。
君の存在は、ここを駄目にするだけだ」

誰もいない放課後の教室は静かすぎて、周平の声はよく通った。

「・・・私のせいって言うんですか?」

「違うとでも?」

「・・・離してください」

「やだ」

「・・・何で」

ブンブンと腕を振り、必死で解こうとする。
力強く握られた手は、そんな事では外れはしないが。

「!」

ぐいっと引っ張られて、体勢を崩す。
そのまま周平の胸の中。

「お前が泣きそうだから・・・」

「・・・!」

そのまま、床にズルズルとしゃがみこむ。
周平も座る。

「・・・くっ」

ボタボタと溢れる涙。
泣きたくないのに、本人の気持ちとは裏腹だ。

利吉とキスをした日から、ギリギリ状態で張り詰めていた気持ち。
頑張って、平常を保っていたのに。

「何で、あんたにそんな事言われなきゃ・・・」

「俺が言わんで、誰が言う」

もっともなのは、分かっている。
それが腹立たしい。

「ここに居たいだけなのに・・・。
ここが好きなだけなのに・・・くっ」

それが今の七瀬の想いだ。

こんなに大好きな場所、愛しい人達。
初めて感じた気持ち。

それを愛だの恋だのと勝手に形を変えて、挙げ句に自分のせいだと言われる。

前の結婚には未練はなくなったのは確かだ。
それはもう相手の事を何とも思わなくなったからだ。
だからといって、はい次とは思えない。

いや、そういう気持ちなんかいらない。
みんなをそんな気持ちで見たくない。
やはり、自分は恋が出来ない。
きっと普通ではない。
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