陰陽寮日記 2
□感謝
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「彰子の仕事を俺達でやってやるとかは?」
随分悩んだ末に昌浩が提案した案は、
「お前が家事なんてしたら、余計に彰子の仕事が増えるだろう」
と、昌浩の不器用さを性格に把握しつつある比古によって一蹴される。
一方で、
「やっぱり女の子は玉なんかが好きだよな?玉なんてどうだ?」
という比古の提案も、
「俺達に玉が手に入れられるお金なんてないよ。」
という現実的な昌浩の言葉で空中に掻き消えた。
じゃあどうすればいいんだよ、と二人が空を仰いだ時、先ほど全身に纏う羽目になったたんぽぽの綿毛がまたふわふわと風に乗って流れて行くのが目に入った。
それをしばらく目で追っていた比古が、何か思いついたように突然声を上げた。
「そうだ。おい昌浩、良いこと考えた!たんぽぽだよ!!」
そう言いながら庭のたんぽぽ群生地帯を指差す比古だったが、まだ昌浩には比古が思いついたという案が理解できない。
「どういうこと?」
首を傾げつつ昌浩が問いかけると比古は笑顔で答えた。
「たんぽぽで首輪を作るんだ。前にたゆらともゆらに作ってやった事がある。」
昌浩も都で小さな子供がそうして首輪を作って遊んでいるのを見た事があったのですぐに想像することができた。
しかし大貴族の姫として育った彰子には、綺麗な玉のついた首輪は沢山見ていても、手作りのたんぽぽの首輪なんてとても新鮮なものだろう。
「それいい!!さっそく作ろう!!」
そして二人はバタバタと庭に降りていった。
不器用な昌浩を比古が上手く手伝いながら二人で少しずつたんぽぽを繋いでいく。
「昌浩、…お前本当に不器用だな…。」
交代で花を摘む係になっていた比古が花を編む昌浩の手元を見てつぶやく。
「そんなにしみじみ言われたら悲しくなるじゃないか…。」
自分の不器用さは十分承知している昌浩だったので、全く頭にこない。ここまで自他共に認める不器用さだと逆に開き直りたくもなってくる。
しかし、そんな不自由な昌浩の手先からゆっくりとだが確実にたんぽぽが繋がっていく。
そして……。
「やった!ねえ比古、このくらいの長さだったら丁度いいんじゃない?」
かなりの長さにつながったたんぽぽを掲げて昌浩が笑った。
「ああ、じゃあ繋げて輪にするから貸してくれ」
そう言って昌浩からたんぽぽを受け取って比古は慣れた手つきでたんぽぽの首輪を完成させた。
「完成だ!」
「やったね、彰子よろこんでくれるかな?」
完成した綺麗なたんぽぽの首飾りを眩しそうに眺めながら二人は笑いあった。
あとはこれを彰子に渡すだけだ。
安倍家の縁側では、家事が一段落して息をついていた彰子がいた。
彼女は、屋敷の中にいるはずの昌浩と比古を探して視線をめぐらせる。
そしてなんの苦もなく二人を見つける事ができた。
彰子が声をかけるよりも早く、庭先から彼女を見つけた昌浩が笑顔で駆け寄ってきた。
「彰子!」
そのあとに、後ろ手に何か持っている様子の比古も続く。
「二人とも、お庭で何をしていたの?」
彰子の問いに二人は一度お互いの顔を見合わせて笑い、比古が手に持っていたたんぽぽの首飾りを彰子の首にかけた。
「俺達でつくったんだ。いっつも彰子にいろいろお世話になってるお礼」
「比古が教えてくれたんだ。彰子に喜んでもらえるんじゃないかって」
かけられた首飾りを見て彰子は一瞬目を丸くして驚いていたが、すぐに笑顔になり、一本一本丁寧に編まれた首飾りを眺める。
「ありがとう二人とも!とっても可愛いわ!!」
そう言う彼女は本当に嬉しそうで、見ている二人も嬉しかった。
しばらく首飾りを眺めていた彰子だったが、ふと何かを思いついて言った。
「ねえ、私にもこの首飾りの作り方を教えてちょうだい。あと二つ作っておそろいにしましょう!」
元服を終えた男子が身に付けるには多少可愛らしすぎる気もしたが、彰子の笑顔には敵わない。
「いいよ、でも俺もまだあやふやなんだよね…。比古、もう一回彰子と一緒に教えて!」
「ああ」
「嬉しい!じゃあ決まりね!!」
こうして安倍家の庭先では、そこに咲く花と同じほど明るい笑い声が日が暮れるまで響いていた。
夕方帰宅した吉昌がチラリと目にした物の怪の姿をとっている神将の首に、明るい黄色の首飾りがさがっていたことはまた別のお話。
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