昌彰小説

□心配しなくて大丈夫。
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次の日、昌浩は縁談を持ちかけてきた貴族の屋敷に来ていた。

「何度来ても思うんだが、流石は参議の縁者の屋敷だなー、立派な庭に大きな建物。」

昌浩の足元をトテトテと歩く物の怪が感心したように言う。
話しかけられている昌浩は、家人に案内してもらっている途中なので視線だけで答えていたが。

そんなことは気にならない物の怪は、勝手に喋り続けている。

「敷地だけなら安倍の屋敷の方が勝っているかもしれないなー。こんな豪邸で育つから、許嫁がいても気にしないから縁談状をうけとれなんて厚かましい事をほざくヤツになるんだ。」


そう、実はこの屋敷に昌浩と物の怪が足を踏み入れるのは初めてではないのだ。


数日前の同じ屋敷にて。


「いやです!ただでも物忌みで気が滅入っているのに、陰陽師の爺のようなむさ苦しい顔は見たくありません!」

「そんな事を言わずに……!陰陽師に祈祷してもらえば、その気の滅入りもよくなろうぞ」


少し長い物忌みに入ってしまった娘の気を楽にしようと陰陽師に祈祷させる事を思いついた父だったが、このように娘に抵抗されて困っていた。

そこへ雑色が陰陽師の訪問を告げる。

「ほれ、陰陽師も到着したことだ。」

「そんなの関係ありません、お引取りしていただくように言ってください!」

意地でも祈祷をしないこをを決め込んだ娘を見て、ちょうど娘の部屋の前まで来ていた陰陽師に事情を説明する。

「本当に申し訳ない」

そんなふうに謝る貴族に、陰陽師、昌浩は首を振って答えた。

「いいえ、気にしないで下さい。では、この部屋の陰気だけ今日は祓っていきます。それだけでも気の滅入りなどは解消されるでしょう。」


そう言って拍手を打ちはじめる昌浩。
それを御簾の奥から驚いたように見ている人影があった。
先ほどの娘だ。

いつものように、年老いた老人がやってきてよくわからない呪文を唱え、始める前と終わった後の違いも良くわからない、疲れるだけの祈祷だと思っていたのに、今日は初めて見るあの青年が拍手を打つごとに、体が明らかに軽くなっていくのだ。

「では、私はこれで。」

昌浩が部屋を退出しようとしたその時。


「ちょっとお待ちください!」

御簾の奥から娘の女房の声がした。

「はい、なんでしょうか?」

「姫さまは、あなたの名前を伺いたいそうです。」

再び女房の声で回答がある。


「私は安倍昌浩と申します。本日は寮にお父上からあなたの祈祷の依頼が来ていたので私が参りました。しかし本日はご気分が優れないご様子なのでこれにて退出させていただきます。」

次の機会がありましたら是非よろしくお願いします、と笑った顔はまだ少年だった。


そんな昌浩に一目ぼれしてしまったのが、今回縁談を持ちかけられた娘張本人だ。

「今から祈祷をお願いします。」

女房の口から発せられた言葉は今までの娘の言動と間逆で、突然の娘の変化に娘以外全員が一瞬あっけにとられたが、昌浩は

「承りました」

と言って当初の予定通り祈祷の準備にとりかかった。




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