桜ヶ丘生徒会長日誌
□生徒会長と親衛隊
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「ダメ、です、白野様……」
上擦った声で、楠木は首を横に振る。
「何でだよ。良いだろ」
クロは楠木とここまで近付いた事が無いので、初めて香る楠木の匂いに首筋に鼻を擦り寄せた。
こいつの匂い、奏と似てる気がする……。
「お相手は、ファンクラブの中からお選び下さい……。私達親衛隊は、ダメです……」
楠木はクロの手を拒みたくても拒めないのだろう。声は普段と変わらないが、体は堅く強張っているのでそれがよく分かる。
「……楠木…」
分かっているからこそ、クロは楠木の名を呼ぶ。
ハッキリと拒まない所が、奏みたいなんだよ。
「止めて、下さい……白野様…」
「ん?」
「そんな風に、名前を呼ばないで下さい……」
自分がどんな声をしているかなんて分からない。心の中で嵐を思い浮かべ、嵐の名を呼ぶように楠木の名を呼んでいるだけだ。まさかその声が会っていない為に切なく、憂いを帯びているなんて、クロには分からない。
「あなたがそう呼ぶのは生徒会長だけ。あなたがそんな風に求めるのも生徒会長だけです」
「……楠木」
「例え身体だけ求めたとしても、その相手に親衛隊だけは有り得ないんです……。だから、止めて下さい……」
その楠木の声が痛々しくて、クロは思わず楠木を放した。
「……俺は、俺の親衛隊を誇りに思ってる。でも、その肩書きがお前らにとって苦痛なら」
「違います!」
楠木の体現している“親衛隊”は辛そうに見えた。何かに縛られて窮屈そうに見えた。だから止めても良いのだ、と言おうとしたクロの言葉を、楠木は珍しく大きな声で否定した。
「違います、白野様…。苦痛なんて、有り得ません。この役目は、肩書きは、私達にとっても誇りです」
楠木はクロと向かい合い、いつものように方膝をついた。本当に、まるで忠誠を誓う騎士のようだ。
「白野様に近付けるのに、こうして拝見出来るだけで光栄なのに、選ばれただけで奇跡なのに、これ以上求めたりしません。ただ、それだけです。お守り出来るのに、苦痛なんて、有り得ません……」
楠木の真摯な言葉は、弱っているクロの心によく沁みる。
「……楠木を隊長に選んで良かったよ」
きっと、楠木以上の隊長なんて存在しない。こんな奴だから、俺は楠木を隊長に任命したんだ。
クロは楠木の顎を持ち、額に口付けをした。
「っ、白野様!」
「拭ったりするなよ?」
慌てる楠木にクスッとクロは微笑み、クシャリと頭を撫でてやると森から出ていった。
たまには、生徒会室に顔を出さないといけない。どうせ、嵐はいないだろう。
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