コトノハの唄

□魔神の舌
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…年6月1日。

その日は朝から天気が荒れていた。

不安げに風が吹き、空はどんより曇り、パラパラと雨が降っていた日。

ある立派な洋館に産声が上がった。

此処は六月一日(くさか)家。


「おめでとう御座います、男の子ですよ」

部屋から出てきた老婆…産婆さんはにこやかにドアの向こうで待っていた父親とおぼしき初老の男性と五人の少女達に向かい言った。

「おお…我が一族に初の男の子が産まれた」

初老の男性は呟いた。
元々女系のこの家の現当主であるこの男性も婿養子である。

「弟がうまれた」

ばたばたと部屋に駆け込む少女達は五人とも娘である。

「…男の子」

男性は部屋の中に入るとベッドに横たわる妻と、その脇に眠る赤子を見た。

「お疲れ様、ありがとう…子供を生んでくれて」

初老の男性はやつれた妻に告げる。

「…生まれたわ、貴方…男の子が」

妻は疲れ果てた顔を綻ばせ言う。

「生まれたね、運命の子が」

妻の手を握り男性は言う。

「ええ」



小さな声を上げた赤子は 『青』(せい)と名付けられ、五人の姉の末っ子としてすくすく育つのだが、これは最初の話。


「君どこから来たの」

同じ日、この屋敷の老執事は庭の植木を見にきた温室で、蹲る子供を見つけた。

小学生位の男の子。

ぼろぼろの服。

裸足で傷だらけの足。

あちこちにある痣。

切れ、腫れた口。


「…可哀想に」

この少年の何らかの事情を察した老執事は、着ていたスーツを脱ぐと少年にかけようとした。
が、少年は驚き暴れた。

「…安心しなさい」

老執事のにこやかな笑顔と、差し出された手に少年は震えながら、迷いながらも手を取った。




「ねえ、弟が見てるよ」

そう言ったのは五姉妹だった。
可愛らしいお人形のような五姉妹は少年を視た。



少年は屋敷の主人の前に通された。

産屋となった聖域の部屋に通された少年に主人は、にこやかに迎えた。

「…託宣通りですね」

老執事は主人に告げる。

「ああ」

主人は少年の目を見て笑った。

「おいで」

少年は産まれたての赤子の側にやってきた。

「まあ…可哀想に」

屋敷の主人の妻は、なにやら曰わくありげの少年を抱きしめた。

「もう大丈夫」

主人も妻もなぜか少年をすんなり受け入れる。

「いらっしゃい」

少年は生まれたての赤子に対面する事となる。

産まれたてのあどけないつぶらな瞳は、少年をはっきりと映し出した。

差し出される小さな手。

赤子は掴む。
少年は無意識のうちに指を差し出していたのだ。

とことことやって来たのは、六月一日家の五姉妹。

「なあにこの子、ぼろだわ」

「汚いわ」

「怪我してるわ」

「痛そう」

「可哀想」

五人の姉に囲まれた少年は後退りする。

屋敷の当主はにこやかに少年の前にかがみ込むと、

「奇しくも息子が産まれた日に我が屋敷を訪れた子よ、また息子は君を気に入ったらしい…どうかね、我が屋敷に来て息子を守ってくれないかね」

そう告げた。

「守る?」

「そう、この子を守り、影のように寄り添い、これから生きるんだ…君さえ良ければ」

少年は痛む口を拭いながら考えていた。

「…守れば、ずっと側にいれば此処に居ていい?」

「ああ、頼まれてくれるなら君をこの家に迎え入れよう」

老執事の子として、と主人は告げた。

「やる」

少年は頷いた。


「じゃあ、契約だ」

主人は、胸ポケットから紙を取り出した。

まるで少年が来る事を分かっていたかのような手際良さ。

「この紙は特殊な紙…契約、約束の印だよ、君が青の、息子の側に居てくれるなら、ちゃんとお給料も、学校にも行かせてあげよう」

「うん」

少年の顔が明るくなる。

「名前を書きなさい」

少年は迷う事なく、羽ペンを掴みインクをつけた。

『三瀬 詠』と少年は漢字で名前を書く。

「凄いね、小さいのに漢字で名前が書けるんだ、…君は三瀬君と言うのだね、宜しくね」

名前を書き上げた後、紙は主人の手に渡ると音を立てて一瞬で燃え上がった。

驚く少年。

「迦屡羅炎だよ、神が使う特殊な炎、我が一族は火の一族…これで契約は終了だ、これで君は息子の守人だ」

主人は告げる。

「私は自分の命の長さが分かる、君が青の側についていてくれたら…安心だ」

「…ぼくは」

少年に差し出される主人の手。
少年はぎゅっと握った。

「宜しくね」

主人と挨拶した後、屋敷の五人の姫君達が進み出た。

「紹介するよ、可愛い娘達だ」

「茜です」

既に中学生の長女は長い髪を束ねていた。

「紫姫」

同じ中学生のショートカットの勝ち気な次女はぶっきらぼうに言う。

「翠です」

小学校高学年の三女はくりくりの目が特徴だ。
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