コトノハの唄

□『書生四月一日くんの異常な日常・神隠し篇』
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「四月一日〜っ、お酒足りない〜っ、早くう〜」

「も〜、侑子さんもう少し待って下さい〜」

天に聳える銀杏の樹に掛かる朱い千本鳥居の奥…お城のような居城から、響く女主の声。

三日月の傾く闇夜の中、絢爛豪華な街は今宵も賑わう。

金の鈴、銀の鈴。

街に流れる三味線の音。

此処は天の国。


「見返り柳」が見えたら、もうすぐ其処。

娑婆とを隔てるお歯黒溝に掛かる橋を渡り、大門を潜れば其処は天の国。


それは美しい女神のおわします、煌びやかな街。

女神の庇護の下、沢山の巫女が街を彩る此処は女の街。


金の鈴、銀の鈴。


今宵も託宣を授けましょう。

縁を持ったアナタに…女神の祝福を。







「お待たせ致しました、侑子さんのご要望の軍鶏鍋と焼おにぎりお茶漬け風ですっ」

太陽と月の描かれた襖を開けると、ゆらゆらと揺れる白煙。

其処に入ってきたのは割烹着姿麗しい四月一日君尋と二人の童女。

「主様にはお酒」

煌びやかな着物を召した可愛らしい童女二人、マルとモロは侑子の前に膳を置いた。

「有難う、アナタたちも向こうで四月一日のご飯を頂きなさいな」

銀色の狐にもたれ、煙管をふかした金糸や銀糸の美しい衣を纏った女性…この街『吉原』の女神、壱原 侑子は微笑んだ。

「わあ〜い、お鍋お鍋」

二人の童女は嬉しそうに部屋を出て行く。

四月一日は料理を置くと、童女が開けっ放しでいった襖を閉めた。

「今お鍋器に移しますね」

四月一日はにこやかに言うと、とんすいに軍鶏鍋を取り分けた。

ふう…と吐かれる白煙。


「ねえ四月一日…知世が気づいたから良かったものの、小狼を迎えにやらなかったら…、彼処でどうするつもりだったの?」

侑子は怪訝そうな眼差しで四月一日を見たのだ。

「お座りなさい」

かこん、と煙管盆に置かれる煙管。

四月一日はおずおずとその場に正座する。

部屋にある幾つもの行灯が幻想的に部屋を彩っている。

心なしか縮こまっている四月一日の身体が小さく見えるのは気のせいか。

「…どうするって…別に…何とも、いや何とか」

なるんじゃないかと四月一日は口ごもる。

「…女神の言う通りですわ、私君尋様が心配ですわ」

女神から少し離れた所にやはり美しい衣を纏った黒髪の美しい巫女がいた。
彼女はこの街『吉原』の最高位の巫女・知世太夫である。

太夫はまた花魁とも呼ばれ、女神の言葉を伝え、また女神を助け、街をその持つ力で守護する力を持つ者なのだ。

その髪についた鈴がちりん、と鳴る。

「今は此処でお休みされた方が宜しいかと」

知世はにこりと四月一日に笑みを見せた。

「知世ちゃん」

「…今アナタはどういう状態かわかっているのかしら」

侑子の鋭い目が正座する四月一日をじろりと見た。

「…わかってます」

「なら、分かるでしょう?」

「え、でも…おれ、居候になってる身だし、ご飯や手伝いや学校だって…沢山やらなければならない事が…一週間も開けられませんよ、今日は何とかご飯は作って来たけど」

四月一日は、膝の上で拳を握りしめながら言う。

「一週間位、何とでもなるわよ…仕出しでも何でもあるでしょ」

「でも、三日後には静の弓道大会があって…弁当を頼まれて」

侑子と四月一日のやりとりを知世はにこやかに見守っている。

「駄目よ」

侑子はぴしゃりと言う。

「アナタのその今の状態で万が一という事態もあるでしょう、…兎に角今は『街』から出ては駄目よ」

四月一日の今の状態とは一体どういう事か。

「侑子さんっ」

四月一日は侑子を呼ぶ。

「何とか弁当だけでも」

「駄目よ」

「まあまあ、お二方…君尋様、女神は心配だけでなく、焼き餅焼いてるんですわ、大切な君尋様の料理が全て百目鬼様達に、私も楽しみにしていたこういった機会が無くなり、少し女神と同じ気持ちですの」

「知世ちゃん」

知世の話に四月一日は慌てる。

「でも…おれ」

吉原を出てから、ずっと百目鬼家で過ごしてきた四月一日は、もうすっかり向こうの生活に馴染んでいた。

それもそうだ、この生まれ育った街を出る時「帰らない覚悟」で出たのだから。

そして迂曲曲折あったのだがやっと見つけた四月一日の居るべき場所。

だから今更この街に戻されても、と四月一日は唇を噛んだ。


「君尋様…たった一週間ですわ、辛抱なされませ、それより鏡を見た方が宜しいのでは?…始まりになりましたわ」

「え」

知世の声に四月一日は我に帰る。

しゅるしゅると何かが解ける音。


「あらあら今回は凄いわね」

侑子はくすくす笑いながら言う。

何が凄いのか。

「やはり彼方の方と過ごされてる影響では」

知世もくすくす笑う。

「…本当、その姿玉菊(四月一日の母)にそっくりね」
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