コトノハの唄

□真白の夢
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Bonus Truck
*『真白の夢』



「どうしたの?…猫?」

四月一日は思わず尋ねていた。

いつも一人で、その日も一人で、平凡かつ普通の日常いや非日常をただ過ごしていた、ある日の事だった。

「…何時のまにか、…此処に住み着いて…いて、ご飯を…御免なさい、勝手に」


ある公園の一角に女子高生がいた。
身を屈め何かをしていたそのコート姿の背中に四月一日は興味を覚えたのだ。

両親も他界し、天涯孤独の身の上…とりあえず生きる為にご飯を食べ、勉強をし、学生をしている…そんな生活の中、他人との接点も極力持たず過ごしていた四月一日は、自ら声をかけていた。

「ご飯…ごめんなさい」

そう答えた女子高生は、オドオドとしていて気の弱そうな、子だった。

「ううん、咎めた訳じゃないんだ、こちらこそ御免ね、ただ何か一生懸命で、御免」

声をかけた四月一日もまた御免なさいと謝罪する、その表情は余りにも強張っていて声をかけるべきではなかったと。

「いいえ…、私も自分でも飼える訳でも…ないのに、ご飯あげて…」

立ち上がり頭を下げる女子高生と四月一日の間には、縞の美しい猫が声をあげていた。

にゃあ、にゃあと。

「お母さん猫が事故で死んでしまって、この子一人だけ…なの、うち…マンションだし、…飼えないから、でも…」

女子高生は半分涙目になりながら懸命に四月一日に伝えてくる。

「…毎日、ご飯あげているの?」

四月一日は尋ねる。
視線を逸らす様に見た猫は体格も良く何よりも毛艶が良かった。
この縞猫の経緯を知る事自体、関わらなければ知らぬ事だ。

「…うん、雨の日も…うちに帰っても誰も居ないし…、この子だけ、」

本当は飼いたいのだろう、ぐっ、と頑なに前で揃えられた手は拳を作る。

「うちもアパートだから飼えないけど…おれも面倒みるよ、夕方なると此処危ないし、一緒でもいいけど…ってナンパしてる訳じゃないよ、御免ね」

四月一日は不思議とそんな言葉を吐き出し自らも驚いていた。

自ら呪う体質の所為で他人と関わりを持たない自分が、自ら関わりを持つなど、有り得ないのだ。

「おれ、四月一日 君尋、私立十字学園の生徒」

怪しいものではないと、女子高生に告げる。

「…私は…野々宮 雪…緑川女学院の…一年生です」







ねえ、私が死んだなら、この胸にある思いは、
死ぬの?かな。

こんなに思いがあるのに、
伝えられないまま、
何もなかったように
なっちゃうの?

大好き、なのに
もっと一緒にいたかったのに

知られないまま、
消えてしまうのかな。





かしゃん、と眼鏡が落ちた。

どさり、と鈍い音がした。


「四月一日くん!」


声が響いた。

体育の授業中だった。

「おい、四月一日」

隣で授業していた女子も数名が駆け寄ってきた。

「四月一日くん、四月一日くんっ」

ツインテールの髪のクラスメートの九軒ひまわりは懸命に叫んでいた。

「誰か保健室に」

体育教師が言うと、

「自分が運びます」

そう申し出たのは、隣のクラスの百目鬼 静だった。

百目鬼は四月一日を軽々と担いだ。

「私も付き添います」

と、ひまわりも申し出たのだ。




「酷い熱」

お腹の大きな保健医は四月一日の額に手を当て言った。

「風邪ね、この熱じゃ学校来るのもしんどかったでしょうに」

保健医はそう言うと「職員会議だから」とバインダーを持ち部屋を出て行ったのだ。


「…四月一日くん一人だからかな」

ベッドの隣に付き添う、ひまわりはそうぽつりと吐露するように言った。

保健室には倒れた四月一日の他に、彼女と百目鬼だけだった。

「…四月一日くん、ご両親いないから…一人なの」

ひまわりは百目鬼に説明するように言う。
彼女はよく四月一日と話しているのを、百目鬼は知っていた。

「…昨日、河原で佇んでたからな、傘もささずに」

百目鬼はぽつりと言った。

昨日は土砂降りの雨が夕方降り、部活の帰り道、百目鬼はかなり濡れた。

その時、四月一日を見かけたのだ。
長い長い時間雨に打たれひしがれている彼を。



「…そうなんだ」

ひまわりは小さく息を吐いた。

「…無理するの、何時も、懸命に隠そうとするの、苦しいとか悲しいとか…四月一日くんは、」

ひまわりはそう呟いた。

「放っておけないの…、百目鬼くんもそうね」

ひまわりの言葉に、百目鬼は肯定するように眼を閉じた。


それは、始まりの頃。



気になっていた。
最初は入学式の時。

遅めの桜舞う入学式に樹を見上げるあいつを見つけた時から。

『見つけた』


そう何故か感じた。


階段で蹴りかかれた時、胸がどくん、と確かに鼓動を感じたのだ。

それは予感。


始まりの予感。


四月一日と、俺の。







「ひまわりちゃんいっぱい食べてね、今日はサツマイモの茶巾絞り作ってきたし」

「うん、…あ、林檎も入ってる、美味しい!」

「よかった、こっちも」

「おい、卵焼き」

ある日のランチ。

秋の暖かな日差しのお昼時。
屋上でお決まりのお弁当タイム。

「おい茶巾絞りも寄越せ」

「煩いっ、今はひまわりちゃんに」

四月一日は声を上げた。

百目鬼は四月一日に腕を見せる。
包帯の巻かれた手。

先日のエンジェルさん事件からやっと治ったと言うのにまた四月一日を庇い負傷したのだ。

今回は軽く済んだが。

「…ぐ、待ってろ」

四月一日は、ふん、と鼻を鳴らし取り皿に沢山おかずを取る。
それはバランス良く彩り良く。
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