コトノハの唄

□瑠璃の環、玻璃の花
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京都。

天上人がいらっしゃる都という意味が京でその都だから京都という。

中国の都、洛陽に因み、その形から碁盤の目といわれ、京洛、洛中、洛陽と分けて呼び、此地に都が出来て永く経った今でも洛中、洛東、洛西、洛南などと呼ぶ。

天上人のおわします都という事か歴史の舞台になることも数知れず、争いの火種は湧き出でて、永く時が流れ、街の様子は変われど、その蹟は消えず、燻る様にまだあるのだ。


表向き今は観光の名所で、国内外問わず人気の場所だが、裏に向けば、未だ昔のモノ新しいモノが入り乱れ、蠢きあるのだと言う。



『ひふみよいむなやここのたり、ふるべゆらゆらとふるべ』





『夫神は唯一にして
御形なし、虚にして、霊有。
天地開闢て此方、国常立尊を拝し奉れば、
天に次玉、人に次玉、豊受の神の流を、宇賀之御魂命と、生出給ふ。
永く、神納成就なさしめ給へば。

天に次玉、地に次玉、人に次玉、

御末を請、信ずれば、

天狐地狐空狐赤狐白狐。

稲荷の八霊、五狐の神の光の玉なれば。
誰も信ずべし。

心願を以て空界蓬莱。

高空の玉、神狐の神、鏡位を改め。神寳を於て

七曜九星、二十八宿、當目星、有程の星。
私を親しむ。家を守護し。

年月日時災い無く。

夜の守、日の守 大成哉、賢成哉。

稲荷秘文慎み白す。』

(稲荷秘文祝詞抜粋)




『瑠璃の環、玻璃の花』






「行くぞ、杏花」

ある朝、玄関先で此家の息子、は妹を呼んだ。

彼の名前は百目鬼紗。
先週彼はこちら…京都に引っ越してきたばかりの此処では新参者の一人であった。

「うん…」

その視線の先に廊下を重い足取りで歩いてくる妹がいた。

「杏ちゃん、行きたくない」

何時もとは違う学生服に身を包んだ紗の妹、杏花は頬を膨らまし言った。

「杏花、早くしないと」

「お兄ちゃんは、ちいちゃん所で半分朝食食べるんでしょ、杏ちゃんは母さまのご飯もっと食べる」

「もっと早く起きれば良かっだろう、今日は登校初日だから一緒に」

兄の紗は小さく息を吐いて言う。
転校初日なのだ。

京都に越してきて転入した学校は以前在籍していた学校の姉妹校である。

「嫌、」

妹の杏花は口を尖らしそっぽを向いた。

「杏ちゃんは大丈夫、お兄ちゃんは、ちいちゃんの所行って」

玄関先で杏花は兄に言う。

「杏」

「大丈夫、行きなさい、父さんが連れていくから」

ひょいと、ぐずる娘を抱き上げたのは、兄妹の父である百目鬼だった。




*第一部、音速パンチ*
(題名はCoCooの歌から、初めてのキスを、始まりのキスを、)
「音速パンチ」


「父さん、」

「杏花の事は心配しなくていい」

「しなくていいの、ちいちゃんの所行って」

百目鬼の腕にいる妹はゴロゴロと甘える猫の様だ。

「…分かりました」

小さく息を吐いた紗は、父に一礼すると引き戸を引いた。

「紗、お弁当」

パタパタとスリッパを鳴らしやってきたのは、エプロン姿の紗達の母、四月一日だった。

「こっちはちいに渡して、そしてこっちはお弁当」

二つ包みを渡した四月一日は笑顔で言う。

「分かりました」

同じ年頃だった時の父からしては小さなお弁当箱。

「じゃ、行ってらっしゃい」

「はい、行って来ます」

すっかりお兄ちゃんになった息子を見送り、四月一日は嬉しそうだ。

「今日は父さまと行けるのねえ」

「おう、ご飯もう少し食べるか」

「うん」

小さくても女である。
甘える術を既に心得てる娘は、父に甘えているのだが、その父たる彼は、妻に似ている娘の所作に嬉しそうで、四月一日は色々敵わないと、つい苦笑いした。

くぅ、と小さな声がして足元に擦り寄った子狐を四月一日は抱き上げた。

「ご飯食べようか」

四月一日の言葉に小さな狐は九本の尾っぽをフリフリ振ったのだ。

「良いのか」

百目鬼は娘を降ろすと言う。
鰻の寝床とは良く言ったもので居間である部屋は細長い作りだ。
古くからある町屋を借り、彼等は住み始めたのだ。

苟めの家として。

「何が?」

四月一日はもう一度お味噌汁をよそいながら聞き返した。

「弁当、俺のは減らすなよ」

「…ああ、ちいが作ってるでしょ?この前色々聞いてきたし、…自分にも覚えがあるから良いの」

「覚え?」

ご飯を食べながら(マナー違反?)百目鬼は鋭い目線を四月一日に返した。

「…勘違いするなよ、昔自分がお前に弁当作り始めたからお義母さん作らなくなったんだ…朝食だって少し減らしたって」

「そうだったか?」

首を傾げる百目鬼。

「そうなの!、だから同じ、きっと紗はちいの傍が一番になる、ね、昔の静みたいに」

クスクス笑う四月一日に、百目鬼は「そんなもんか」と答えた。

「今頃ちいの…侑子さんの家についてるよ」

四月一日はそう言って近くにいた小さな子狐を撫でた。

「今でもお前は俺の一番だぞ」

百目鬼の言葉に妻の四月一日は赤くなったのだ。




艶やかな黄色の玉子焼き。
京都なので甘さは控えめの出汁巻き。

今日は肉巻きお握り。
中にしそとチーズを入れて。

不思議な願いを叶える店、二代目店主見習い、ちい四月一日は(侑子の子?らしい)お決まりのエプロン姿でお弁当作り。

「あら、ちい、美味しそうじゃない…アタシのアテ?」

其処へ女店主が艶やかな赤のドレス姿でやって来たのだ。

「わわわ」

思わず声をあげて玉子焼きを詰めていた箸が空を舞う。

「頂きっ」

黒い物体…いやいや黒モコナが玉子焼きをぱくり。

「あーっ」

ちい四月一日は声を上げる。

「貰いっ」

今度は侑子が重箱の中味を口に入れた。

「侑子さん!」

「う〜ん、紗好みのお弁当いいわあ」

お酒お願いねえと侑子はまたぱくり。

「だ、誰が紗なんてっ、あ、から揚げは」

「良いじゃない♪」

侑子は重箱を取りまたぱくり。

「侑子さあん」

ちい四月一日は涙目になる。


ちりん。


玄関に着けられた変わった形の鈴が鳴った。

「紗の御登場だわ、てば朝の出勤?」

「え?どういう、此処は」

ちい四月一日は振り返る。

「侑子ちゃん、おはようございます、」

其処に紗がひょっこり現れたのだ。
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