コトノハの箱

□Trick or treat?
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ガララ。

玄関の引き戸の音がした。

布団から抜け出し、足早に玄関に向かう。

玄関にいるその人が誰だかぐらい直ぐ分かる。

「お帰りなさいませ、祖父さま」

「只今…静、お熱はもう良いの?」

着物姿が良く似合うその人は…足下ではしゃぐように来た幼子を抱き上げた。

この、人の良い笑みを浮かべるのは百目鬼遙。

この幼子百目鬼静の祖父であり、代々続く寺の先代住職だったが今は息子に職を譲り隠居生活。

しかしその血に流れる不思議な力は強く、未だに憑き物落としなどをしており、その世界でも有名な人である。

その力を使う時など毅然としているが…孫である幼子の前には人の良い祖父そのものであった。

「それなあに?」

祖父が持って帰ってきた袋の中身が気になって幼子は問いかけた。

「そうそう」

袋の中身は南瓜であった。
深い緑色の南瓜が丸々三つ。

幼子の眼がきらきら輝いた。

「南瓜は静の大好きなものだものね…祖父も大好きだよ」

奥から幼子の母が出てきて遙に挨拶をする。
遙は「南瓜料理を」と手渡した。


「静に一つ頂戴」


布団に戻り、南瓜を傍らに横になる。

寒くなってきたので体調を崩したのだった。

そっと深緑のごつごつとした塊に触れる。

「南瓜…好き」

幼子は南瓜が大好きだった。

幼子は南瓜を見つめ、ふと思った。

「あの人の、南瓜の…ごはん食べたい」

目を瞑った幼子の脳裏に映るのは、一番大好きなひと。

『静ちゃん』

笑顔の綺麗な、美味しい料理を沢山作ってくれて、自分を可愛がってくれる…将来お嫁さんにすると決めた…ひと。

目を開けて小指を見る。

指切りした小指。

『必ず静のお嫁さんにするから』


「あの人に逢いたい」

ちいさな手は南瓜を引き寄せた。




***


「…Trick or Treat?」

「ふざけんなっ!」

此処は学校の裏庭。
天気が良く暖かい今日のお弁当タイムは此処にしようと九軒ひまわりは言った。

しかしひまわりは用事が出来来なくなってしまい…百目鬼静と四月一日君尋は二人だけのランチタイムを過ごす羽目に。

嫌な予感がした四月一日の目の前に案の定百目鬼が手を差し出してきたのだった。

今日はハロウィン。
この日外国の子供達は仮想して色んな家に行き「Trick or Treat?」(お菓子くれないと悪戯するよ)と問いかけ…お菓子を貰うという習慣があった。

「今年のハロウィンは南瓜プリンにしろ、丸ごと南瓜をくり貫いてな」

と百目鬼は以前四月一日に告げた。

「嫌だ」

四月一日は眉をキリキリと上げ、断る。

百目鬼は鋭い切れ長の眼で四月一日を見返し、

「ほう…作ってこなけりゃ…Trick (悪戯する)だな…何処が良い?放課後の教室か?委員会室…体育倉庫…」

と低い声で告げた。

「ぐ、脅しか?」

「俺はお前を美味しく頂いても構わない」

パチンと学ランのホックを緩めると彼は「わかった」と…無理やり了解させたのだった。


「…で、お前はTrick か Treat どっちだ?」

ぎろりと睨みつける。

「ったく、おれはお前の飯炊きじゃ…」

ぶつぶつと良いながら紙袋から取り出したるは「まるごと南瓜プリン」。

スプーンと共に受け取り無言で食べる百目鬼は、

「お前は飯炊きじゃない…俺の嫁だ」

と告げる。

「お前、おれに選択権は…」

「ない、決まってるからな」

四月一日はふう…とため息を落とすと、その手を思いっ切り引かれ体が傾いた。

「う」

気がつけば、百目鬼にキスされていて…舌とともに甘い滑らかなものが口の中に入ってきた。

「お裾分け」

しれっという百目鬼に四月一日は、

「お前学校でそういう事すんのやめろって!」

真っ赤になりながらげんこつを振り上げる。

裏庭とはいえ、何処で人が見てるかわからないから。

四月一日の振り上げたその拳はあっさり捕まった。

「このままお前を頂くぞ」

「やめろっ!阿呆」





ぼん。

眠っていたちい百目鬼の耳に爆発音が聞こえ、眼を開けると…不思議なものが視界に入った。

「南瓜」

目の前にいるのは、南瓜だった。
オレンジ色の絵本に出てきそうな南瓜で…何故か洋装をした人が被りものを来ているようだった。

しかも小さい。

銀色の懐中時計を持った時計ウサギならぬ…時計南瓜。

「忙しい、忙しい」

南瓜のくせに何を忙しいのかとちい百目鬼は幼心に思った。

「はじめまして、アナタの願いを叶えに参りました」

ぼすっ。

ちい百目鬼の手が時計南瓜の頭を掴んだ。

「痛たたた…乱暴はよして…南瓜の大好きな…いててアナタの願いを…叶えに」

ちい百目鬼は手を緩めた。

「いてて…アナタの願いは何ですか?…叶えて差し上げます」

時計南瓜の問いに、幼子の願いはたった一つだった。
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