コトノハの箱

□蛙鳴蝉噪
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それは秋口にさしかかった学校の帰り道だった。

何時も一緒に帰るようになっていた百目鬼と喧嘩をした。

と言っても一方的に四月一日が怒るだけ。

本当に些細な事で喧嘩したのだ。

「お前なんか大嫌いだ」

ついそう叫んで四月一日は駆け出した。

どんよりとした雲はすぐに粒を落とし…土砂降りになっても…構わず走った。

「百目鬼の阿呆」

何時もは彼がいる道も今日は一人。

歩くうちに商店街の方へ着てしまったらしい。
店のガラスに映るびしょ濡れの自分が情けなかった。


家に帰る気もせず、トボトボと歩いているといつの間にやら公園に着いてしまった。

土砂降りの雨の中、誰もいない公園…ブランコに腰掛けた。

きいと寂しい音が、小さく鳴った。


…ずる。

考え事をしていて気付くのが遅くなってしまった。

…ずる。

嫌な臭いに気付き振り向くと、緑色の塊が目の前にあった。

「うわああ」

あまりの大きさと、その臭気、蠢く蔓のようなものに叫び声を上げた。

蔓を掻き分け見えた一つ目に体が硬直したように動かない。

「あ」

次の瞬間には蔓に絡め取られ…全身に蔓が這わされた。

直ぐに臭気が異様なものに変わった。
蔓から幾つもの花が咲き始め…それが酷く鼻をつく甘い匂いに変わっていった。

痺れるような甘さ。

蠢きながら制服の上を這う蔓が気持ち悪く、四月一日は必死でもがく。

しかしもがけばもがくほど、花の香りが体中を麻痺させるようになる。


くらりとなった所をコイツは待っていたのかもしれない。
蔓が制服の中、直接ズボンの裾から這い上がってきた。

「嫌だ…あ」

口を開けた途端、侵入する蔓。

口をかき回すように無遠慮に動くそれに吐き気がした。

「ぐ」

体に走る痺れに力が入らない。

その間にも肌を直接つたう蔓に虫酸が走る。

「が」

伝うそれは四月一日の敏感な部分を探し当てる。

「うが」

ぞわと肌が粟立つ。
嫌だと首を振る四月一日を分かってかアヤカシの…蔓は敏感な部分を刺激するように動く…微妙な強弱をつけて。

「んぐ」

シャツを捲りあげ、肌を伝う植物特有の産毛の感触がおぞましく…胸の突起をなで上げると、

「ぐ」

声が漏れた。

甘い臭いと体中を這う感触が体に妙な熱を灯し始める。

おぞましいのに、嫌なのに…ぞくぞくしたものが走り、

「うぐ…」

上がる艶やかな声。

“嫌だっ!誰か”

伝う涙も雨に同化していく。

不意に百目鬼の顔が浮かんだ。

彼はこの体を抱きしめ、同じように手を這わす。
同じようにするのに感じは全く違う。


蔓は臀部の丸みをもなぞり始め、体が拒否するようにびくりと反応した。

“嫌だ!百目鬼っ”

酷い苦味が口に広がり喉を伝った。

口を侵すように動く蔓を食いしばった歯で強く噛んでしまったらしい。

「うえ」

酷い苦味。

“助けて”



ぶち、ぶちとものすごい音とともに体中を覆っていたものがなくなっていく。

甘い香りが、消える。

支えを失った体は傾く。

背中に回された手。

「こいつに触るな」

低いドスの効いた声。

口の中にあったものが消える。

「ど…めき」


痺れが残る舌を動かし名前を呼んだ。

「莫迦が、俺がいなければお前は」

「ご…めん」

虚ろな瞳に映った百目鬼は眉を上げ、怒ってるように。

彼は自分をかなり心配していたのだろう。

“やっぱりお前がいなけりゃ…駄目なんだな”

背中を、肩を抱くしっかりとした腕に安堵する自分がいた。

「四月一日?」

意識を飛ばした。

痺れるような苦味が何時までも口に残っていた。




耳に入ってくる声。

酷く怒の気を纏った声と諫めるような声。
その声はどうも百目鬼と…侑子らしい。

「アナタがやらなければ」

「しかし」

何を話しているのかはわからないが、自分の事で話しているらしかった。

口に何時までも残る苦味。
感覚が戻ってくると非常に体が熱く感じた。

熱い。

燃えるような、くすぶるような熱さ。
体の内側から湧き出てくるように。

「あ…」


見慣れた天井が映った。
天井に描かれた大きな蝶の絵が近眼でもわかる。

侑子のミセ。

きっと運んでくれたのだろう。

誰が?

それは一人しかいない。

誰?

心配そうな顔をするそいつが映った。

「大丈夫か?」

酷く深刻そうな表情を浮かべたそのひとの顔。

「ど…うめき…」

どくん。

「うあ…」

四月一日の胸にずきりと痛みが走り…布団にうずくまる。


「四月一日」

「ああっ!」

彼の手が背中に触れた途端、体に痺れのようなものが走った。

痺れが起きた後、妙な熱さが体を伝わっていく。


「こっち向け」

無理やり仰向けにされると、体に重みがかかる。
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