コトノハの箱
□黄昏に君を想ひて…花橘篇…
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目を瞑ると、今も脳裏に焼き付く彼女の姿。
新緑が眩しさを増し、爽やかな日差しが降り注ぐ日に事件は起きた。
親友である古美術品コレクター(曰く付きばかりを集め自営の美術館で展示する)菊間仁の依頼で旧豪農の蔵へ出向いた。
『妖刀』の祓いを受け…途中までは順調だった。
しかしこれはあまりにも強い念と沢山の血を吸い取ってしまっていたため…手に負える代物ではなかったらしい。
暴走した刀は手を離れ、外に出たのだ。
懸命に追いかけ…姿が見えた瞬間…絶叫した。
目の前で倒れゆく彼女の姿。
手にはしっかりと包みがあってそれは自分が忘れたお弁当だった。
「母さま」
眠るように横たわる彼女…まだ少年だった息子はそっと花を手向けた。
息子は涙を幾つも落とし何度も彼女を呼ぶ。
誰も私を責めなかった。
母を失った息子でさえ私を責めなかった。
私は泣けなかった。
もし息子のように泣く事が出来たなら楽だったかもしれない。
涙は出なかった。
別れは余りにも突然で、彼女がいなくなったなんて信じられなかった。
花を手向け、彼女の安らかな唇に自分の唇を寄せた。
冷たい唇の感触が酷く寂しかった。