nitty-gritty

□僥倖
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三ヶ月休ませた身体はそう簡単に感覚を戻してくれなかった。屯所の中にはジムもあるが、あくまでも隊士たちのための場所だ。…自分も副長補佐であるから隊士の一人であることには間違いはないのだが。
普段から身体を鍛えているわけでもない。ただ生まれもった身軽さだけで全て事足りてしまう。久しぶりに地を踏みしめながら楓は屯所から万事屋への道を歩いていた。

屯所を出る前、銀時は用があるならこい、と言っていた。仕事はあるが、それほど時間はかからないだろうとも言っていた。それからだいぶ時間をおいたから、うまくいけば会えるだろう。
金時の話をしなければならない。三ヶ月前にショットガンで狙いを定め、撃ち放った。珍しく外し、撃たれた。知恵空党の残党に殺されかけ、虚に遭遇した。
そうだ。あの時、致命傷となった虚の攻撃は佐々木も心配していた。何も影響がなければよいが。

午後3時過ぎ。万事屋に着いた。ドアの横についたインターフォンに指が触れるか触れないかくらいのところでドアが勢いよく開いた。
「楓っ!」
嬉しそうに神楽が顔を出した。
「ちょっと相談事があってね。」
「銀ちゃんがうずうずしてるネ!楓は絶対来る!って。」
自分はそんなに心配されているのか。内心、苦笑しながら楓は万事屋に足を踏み入れた。

「銀ちゃん!楓が来たアル!」
神楽の案内で居間に通される。楓はいつもの特等席に座っている銀時に会釈した。
「よく来たな。まあ座れや。」
「どうも。」
新八がテーブルにお茶のはいった湯飲みを置く。楓と神楽が座ったソファーのテーブルをはさんで向かい側に新八が座った。

「単刀直入に言えば金時のことか?」
「はい。」
楓はまず自分の狙撃が失敗したことや、知恵空党の敵討ちの話をした。
「えらい目に遭いましたね…。」
「しょうがないの。これは母さんの…。」
俯き気味に話していた楓はふと顔を上げた。3人が驚いたように自分を見ている。
「どうしたんです。」
「ああ、いや。そういや楓の母さんの話、聞いたことなかったなぁって思ってな。」
銀時が顔の前で手を振りながら言った。
「確かにありませんでしたね。」
楓はまた顔を少し下げて言った。
「私の母さんは高杉晋助の姉貴です。」
銀時は目を見開いた。新八と神楽は顔を見合わせた。
「新井が教えてくれなかったのはこのことアルね。」

「顔は母さん似ですけど髪の色も目の色も瀬虎も父さん…新井の血を引きました。」
母親は佐々木の元で諜報員をやっていたこと。同時に初代E−85であり、秋本楓であったこと。新井から聞かされたことなどさっき話していたことをそのまま話した。

「そうか…。新井が天導衆と繋がっていたか…。」
「でも、あの人は不本意なんです。利用されてるだけで…。」
「今はどうなってるアルか?」
「それは…。」
楓は言葉に詰まった。そうだ。新井は天導衆と完全に手を切ったとは言ってくれなかった。つまり、いつでも暗殺臣として楓を狙える場所にいると言うことだ。少し絶望した。何が薄っぺらい口実だ。

仕方なく話題をそらすことにした。
「坂田さん。"鵺"ってご存じないですか。」
その時、ドクンと心臓が鼓動した。何だ?この感覚。嫌な予感がする。
隣には神楽がいる。駄目だ、下手すると…。楓はソファーの縁を掴んだ。

「鵺…か。…なぁ、新八と神楽。カレーの材料買ってこい。神楽のお手製、楓に食わせてやれ。」
「分かったネ!」
「行こう、神楽ちゃん。」
何を思いついたのか銀時は二人を退席させた。

「坂田さん…。」
「聞こえちまったからな。お前、無意識に伝心術とやらを使ったな?」
銀時が楓の隣に来た。
「どうしたんだ?」

楓は今さっき走ってきたかのように息が荒く、汗をびっしょりとかいていた。新八と神楽の前ではなるべく顔に出さないようにしていたが、今は顔をしかめている。
握りしめた左手は爪が食い込んで血が出ている。
「私を殴って下さい。」
「は?」
「早く!」

意識がぼやけた。楓は瞬時にソファーの上に立ち上がると、銀時の首の血管を爪で掻き切らんと右手を振りかぶった。
「っ!お前!!」
銀時は状況を悟った。楓を渾身の力で殴った。途端、楓の体が立っていた反対側のソファーまで飛んだ。

「何だよ、今の…。」
銀時は楓の様子をいつか見た何かと重ねようとした。
「お前の目がどす黒かった。」
桂に楓が海に落とされて、見廻組に出向いたときに見た夢。あの時の楓だ。

「無性に誰かを傷つけたくなりました。いや、そんな生易しいもんじゃない。」
楓は放心したまま続けた。
「ぐちゃぐちゃに殺してやりたい衝動にかられました。」

これか。そう思った。虚に気功で頭を貫かれたときの影響。佐々木が懸念していたのはこの事だったのだ。えらい置き土産をしてくれたものだ。
楓はソファーに座り直した。向かい側に銀時が座った。
「困りました。私、帰ります。神楽と新八に何かあったら私…。」
立ち上がりかけた楓を銀時が制した。
「まあ、待てや。せっかく来たんだ。神楽のカレー食っていってくれよ。」
「でも…。」
「大丈夫だろ、そんな時くらい。」
楓は座り直した。何が大丈夫なもんか。

「…鵺は知らないかって言ったな?」
「…はい。」
「俺は知らねぇ。だが、噂は聞いたことあるぜ。ひでぇ人殺しらしいじゃねぇか。」
楓は俯いた。鵺にあるのは人殺しのイメージだけだ。他に何かないものか。楓は序でに夢の話もしてみた。
「ふぅん。鵺がねぇ。」
「あいつ、何処にいるんでしょう。奴が昔と同じなら今ごろまた誰かが死んでる…。」
「そうでもないんじゃねぇの?」

「え。どうして?」
楓は思わず銀時の顔を見た。
「どっかの誰かさんみたいに人殺しに抗ってるかも…ってことだ。」
「坂田さん、あなた本当は鵺に…。」

その時、居間の戸が開いた。
「たっだいまヨ〜!」
「楓ちゃん、今すぐ作りますからね!」
「何だヨ!私が作るネ!眼鏡はすっこんでろヨ!」
「ひどいよ神楽ちゃん!結局九割がた僕が作ってるのに!」
二人は台所でわんやかんやしている。

「ま、そうゆうこと。」
楓は二人に向けていた目を銀時に向けた。
「お前が今さら何を持ち込もうと俺らにとっちゃ今まで通りだ。考えてみろ。お前が今までそんな泣きそうなツラでここに来ても俺らは何とかしてきた。」
銀時は楓の隣に座り、肩に手をのせた。
「だから、さ。お前は何も心配するな。俺らなら大丈夫だから。」



作るのに四時間かかった神楽お手製のカレーは、だいぶ甘口だった。四人で久しぶりに食卓を囲んで、たわいない話をした。
夜が更けると神楽が眠いと言って押し入れに入った。新八も道場に帰っていった。

楓と銀時は向かい合って座った。
「どうだ、調子は。」
「今は何とも…。暫く会えなくなるかも知れませんね。」
「佐々木が何か手をうつと?」
「ええ。二人を殺さずにすんで本当によかった。」

この会話を聞いている者がいることに楓と銀時は気づかなかった。
「楓…どうしちゃったアルか…。」
目が冴えてしまった。二人が話し込んでるのは知ってる。でも、楓の身に何があったと言うのか。襖の隙間から二人の様子を伺っていたが下手をすればバレてしまう。

「今日は泊まっていけよ。」
何か言い出そうとした楓より早く銀時が言った。
「…何でそこまでするんですか。」
「衝動にかられたら、今度こそ俺の首掻き切るなりナイフ刺すなりすればいい。」
「馬鹿ですね、あなた。」
殺されてもいいと言うのか?
「そう簡単に殺されようとしないで下さい。私は、そんなこと望んじゃいない。」
「じゃあ、お前は何を望むんだ?」

まただ。楓は項垂れて床に手をついた。離すな。離したら、銀時を手にかけてしまう。
「私はっ…ただ…。」
楓は歯を食い縛った。
「人間として生き返りたかった。それだけです。でも、それすらも叶いそうにないですね…。」
視界がどす黒く染まる。楓は勢いよく起き上がると右手を振りかぶった。銀時は楓の右手を掴んだ。楓は瞬時に左の拳を固め、銀時を殴った。
「ぐっ…!」
普段の楓とは比べ物にならない威力だ。倒れた銀時は指先の感覚がないことに気がついた。
「くそ…馬鹿力で殴りやがって…。」
銀時は余裕のない笑みを見せた。楓は銀時の脇に座り込むと黒装束の袖からナイフを取り出した。そして、両手で柄を持って、銀時の心臓に突き立てようとした。

「楓っ!!止めろぉぉ!」
押し入れから飛び出した神楽が拳を固める。
「っ…。」

見えた楓の横顔はおもちゃで遊ぶ子供のように笑っていた。
神楽の拳が緩んでしまった。
「全く…困りましたねぇ…。」

ビリビリと項に電流が走る。途端、楓の手から力なくナイフが落ち、崩れるように倒れた。
「佐々木…。」
銀時が目だけを向けて確認した。神楽は唖然として立ち尽くしている。
そこには佐々木と信女がいた。


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