nitty-gritty

□僥倖
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ああ、嫌だ。
何がって…何だろうか。

現実逃避のために眠りについたようなものなのに、過去を繰り返すとは思ってなかった。
気がついたら戦場にいた。

どんよりとした鉛色の空が果てしなく続く、ただだだっ広いだけの場所。
この場で生と死の賭け引きだけがひたすらなされる。
ほら、今、目の前で白と黒が混ざりあっている。

白は見慣れた、若かりし日の奴だ。白夜叉と呼ばれていた。黒は幼き自分。E−85でもあり、黒夜叉でもあった。

「…鬼か。」
そして、傍観者は現在の自分。呟いた。そうだ、鬼だ。あの頃は二人とも鬼だったんだ。

二人の決着はなかなか着かなかった。そうだ、そして――。
ピィィィと終戦の笛が鳴る。
終わった。終わったはずだった。なのに、どうして、自分はまだ戦場にいる?
座っている草むらの先、二人の鬼はもういない。
隣に気配を感じた。振り向けば後ろ姿が立ち去っていく。

「お前は…!」
私は叫んだ。後ろ姿が立ち止まった。私は自分の傍らに器に入った肉を見た。湯気が出ている。どうやら煮込み料理らしい。
「食うか?」
後ろ姿が笑って言った。
「いや、今のお前じゃ食えねえな。…臆病者め。」

後ろ姿は再び歩き出した。
「…お前が鵺か。」

私は結論を吐き出した。奴はゲタゲタ笑った。心底愉快そうだった。

「お前がそれを食えるようになったらまた迎えに来てやる。」

私はずっと奴の背を見据えていた。
急に不安になった。奴を引き留めないと。答えを乞わないとあたしは、これからも迷い続ける。手を伸ばした。奴は、あたしの何だ?
「教えてくれ!」

「お前は…あたしの…!」



「待って!」
「…。何。」

次の瞬間には現実に戻っていた。掴んだのは新井の腕だった。ベッドから勢いよく起き上がって掴んだらしい。

「急に起き上がったら駄目だよ。」
「…ごめん。」
楓は新井の腕をそっと離すと布団に潜った。
「魘されてた。」
「…昔の夢見ただけ。」

もう一回寝ようとしたが無理だった。楓は自分の温もりの中で体を横に向けた。身を縮めるようにしていると、あることを思い出した。

「…ねぇ。前から聞こうと思ってたんだけど。」
「何を。」
「8年前に私を殺そうとしたのは…。」
お登勢から聞いた話。雪の日の過去の空白。
「…。」
新井は当然何も言わなかった。でも楓には分かってしまう。

「安静にしてろよ。」
「…今、母さんに謝ったんでしょ。」
楓の言葉に部屋を去ろうとしていた新井は足を止めた。新井はチラリと振り向いた。楓が自分を見据えているのが分かった。
「どうして。」
「…読めるのか。」
「腹の底まで全部読めてるよ。でも、あなたから聞きたい。…父さん。」

新井は諦めたようにため息をついた。仕方ない。いずれはバレるんだ。
「俺は天導衆に遣える暗殺兵器だ。暗殺臣(アサッシン)と呼ばれている。」
「瀬虎だから選ばれたの。」
「そうだ。」
楓は納得がいったように頷いた。
「私を殺そうとした理由は。」
「…護りたかった。お前も、母さんも。」
「理由を答えてよ。」
「…。」
新井は答えなかった。

「知恵空党の厭魅は天導衆と繋がりがあった。」
楓は代わりに口を開いた。
佐々木は止めたが、母さんは知恵空党の元へ乗り込んだ。E−85として、秋本楓として。だが、結果は虚しく、母さんは斬殺された。
厭魅の方も天導衆から指令を受けていた。「アサッシンの身内を殺せ」と。その頃、アサッシンは任務失敗を繰り返していた。身内を殺すことはつまり脅し。追い詰め、仕事に専念させるため。
「妻が殺された。その次は娘に危険が及ぶ。だから、父さんはあたしを高杉の娘と位置づけた。自分との関係を消してしまえば狙われることはない。弟は佐々木の元にいたから天導衆から攻撃を受けることはなかった――。」
だが、予想外の展開が起きた。佐々木があたしを高杉から引き取ったのだ。そしてあろうことか、母さんがいた諜報部隊に引き入れた。

「ふっ。…そうか。全部読めんのか。」
新井は半ば呆れたように少しだけ笑った。
「俺は青ざめたよ。でも、その時の衝撃で洗脳が解けた。」

そして、新井はパズルのピースを繋げるように淡々と語り始めた。
「佐々木がお前を引き取った。そして、諜報員に仕立て上げると言った。俺は朧に言った。『娘の居場所が分かった。いつでも殺せる立場に潜り込んでくる』と。」
だが、そんなこと薄っぺらい口実に過ぎないんだ。俺は弟と楓の喧嘩を止めた…。

「喧嘩じゃないよ、あれ。」
楓が否定する。
「喧嘩じゃなかったの。」
二人の間に沈黙が流れた。

「…楓が諜報員になって、E−85になって、攘夷戦争に出た。」
楓は頷く。
「朧も痺れを切らしたんだな。俺をもう一度洗脳にかけた。」

話は繋がった。
終戦時、お登勢に拾われ、別れた後だった。新井は暗殺臣としてE−85を襲撃した。その後、E−85は捕らえられ、吉原の時に見た夢に繋がる。
「そうゆうことね…。」
分かった。何もかもが一本の糸になった。

「吉原で佐々木に渡された写真…あたしのだって言われたけど本当は違ったね。」
「じゃあ誰の。」
「母さんのだよ。私、髪をあの色にしたら本当に母さんそっくりだった。生き写しだった。」
「そうだな。」
やっぱり自分は死んだ妻と娘を重ねて見ていた。そう確信した。
そう見たら、この少女が持っているものは今のところ何もかもがお下がりだ。姿形も、暗号名も。でも唯一、少女しか持たないものがあった。

「ねぇ、鵺のこと知らない?」
「…俺は知らないけど。何処にいるの。」
「さぁ。」
夢に出てきた奴は鵺だ。一体何処にいるんだ。

夢の中で見たあの煮込み料理は…人肉だ。
人の肉を食えるようになったら…奴の解釈で言えば、人殺しを楽しめるようになったら、ということだ。
「そんな固ぇツラすんなよ。」
新井の隣には銀時たちがいた。
「タイミングバッチリですね。」
「虫の知らせでね。」

「楓っ!!」
神楽が勢いよく飛びつく。
「心配したネ!何ヵ月寝れば気が済むアルか!」
「三ヶ月だよ、神楽ちゃん。だめだって、そんなにしたら楓ちゃん苦しいでしょ!」
楓に抱きつく神楽を必死に引き剥がそうとする新八。

「全部バラしたんだな。」
銀時が問うた。
「…ええ。読まれてしまって。あなたも経験あるでしょ。」
「あぁ…。」
吉原の時、読まれたことを思い出した。
「ああして、楓は自分のことを取り戻していくんです。僕のこともその一つの要素に過ぎない。」
新井はそう言い残して立ち去った。去り際、新井が嬉しそうに一瞬微笑んだのを銀時は見逃さなかった。



万事屋は依頼があるとかで一度屯所を出ていった。また会おうと約束した。
楓は服を着替えるために自室に向かった。体の不調はなかったし、気分も悪くない。服に迷うのが面倒だったので新調した黒装束で身を包んだ。

そのまま総督室に向かい、ドアを3回ノックする。どうぞ、と言われ、ドアを開けた。
「お久しぶりですね、秋本さん。」
佐々木は楓にソファーを示し、自分も向かい側に座った。楓は腰を下ろした。
「何かありました?」
「いえ。見たと言えば鵺の夢ですが。」
「鵺ですか。どんな?」

楓は夢で見たことと自分の解釈を話した。佐々木はニヤリと笑った。
「人肉とは。いかにも奴らしい。私に聞いても居場所は知りませんよ。私だって一度くらいしか会ってませんから。」
「そうですか…。」
「それより秋本さん。三ヶ月寝たからって忘れてませんよね?坂田金時の件はまだ片付いてませんよ。」
「あ…。」
すっかり忘れていた。そうだ。こないだは金時にすっかりはめられてあんな目に遭ったのだ。
「片付けてきます。」
楓は立ち上がった。
「気を付けて下さいね。三ヶ月鈍ってるんですから。」
「大丈夫です。」
そう言って、楓は総督室を後にした。


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