nitty-gritty

□籠絡
1ページ/5ページ


「秋本…さん?」
佐々木は目を見開き、もう一度名を呼んだ。
「あなた、どうしたのですか。」
楓は黄金色の眼で、柄にもなく戸惑った様子の佐々木をじっと見据えていた。
「目的は何。」
信女が佐々木の前に立ち、楓に問う。楓は眠そうにごしごしと目を擦っている。
「楓。」
信女が呼び掛ける。

「ん?…あれ?」
楓はふと我に返った。そして、割れた窓ガラスを見て驚いた顔をした。
「どうした、これ。」
「それはこっちが聞きたい。」
楓はいつもの紅い眼に戻っていた。佐々木はそれを見て、強ばっていた顔の筋肉を少しだけ緩めた。そして、銀時の方へ顔を向けた。苦虫を噛み潰したような顔をしていた。聞きたいことが山ほどあるんだろ、と問いかけるようだった。銀時は立ち上がり、佐々木の横に立った。
「あいつ、どうしたんだ?」
「私はてっきり…奴の中の瀬虎に喰われて私を殺しに来たのだと思っていましたが…違ったようです。」
「なんだったんだ?」
「恐らく…洗脳されていました。佐々木異三郎を殺すように、と。」
「なっ…。」
「でも、ご覧の通り何ともありません。あの子は洗脳を自分で解いたのですから。訓練させておいた甲斐がありました。」
銀時は何気なく割れた窓の方を見た。楓と信女がガラスを拾い集めて後片付けをしている。
「事情は本人に聞くとして…。坂田さん。頼み事があるのですが。」
「なんだ?」
銀時は佐々木の方へ顔を向けた。
「町中で不審な人物を調べて頂きたいのです。」
「分かった。」
「行きましょう、銀さん。」
振り向けば、新八と神楽が銀時の後ろにいた。
「ああ。」
去り際、ふと足を止めた。顔を向けた楓と目があった。光のない眼がじっと銀時を睨んでいた。



それから数日経った。佐々木は毎日のように楓から事情を聞いていたが、何故か何も得られないのだ。
「秋本さん…一体誰を庇っているのですか?」
そして今日も、佐々木は楓を呼び出した。半ば呆れたような口調だった。
「何も覚えてないんですって…。喫茶店でコーヒーを飲んでいた、そこから先の記憶がないんですから。」
ここ毎日は似た言葉を繰り返してきた。楓にとっては嘘をついているつもりも、嘘をつく必要もない。

その頃、銀時たちも町中を巡っていたが、連日捜してみても不審な人間はいなさそうだった。
「楓ちゃん…どうしちゃったんでしょう。」
「楓を操れる人間なんてそうはいないはずネ…。」
楓がコーヒーを飲んだ喫茶店も寄ってみた。店員に聞いても確かに楓と見られる人物はいたようだが、連れはいなかったと言うのだ。
「楓ちゃんはきっと喫茶店で何か仕組まれたんですよ。」
「本当は楓と同じ席にいたのに、消えたとかありそうネ。」
「消えた…?」
二人の議論に、一人考え込んでいた銀時が息を飲む。
「自分の存在を誰かの記憶から消した…?」
その時、佐々木に持たされたケータイが着信を告げる。
「そう、その通りさ。」
ケータイを耳に当てた銀時は目の前に現れた男に目を見開いた。
『もしもし、坂田さん?』
「佐々木…。何か分かったか?」
『いいえ。分からない、の一点張りでしてね…。自白剤でも飲ませた方がいいでしょうか。』

「その電話の相手は…佐々木異三郎か?」
『坂田さん…聞こえていますか?』
「ああ。」
目の前の男はニヤリと笑った。
「楓を洗脳したのは俺だ。この間は自分で解いちまったようだが…そんなもん、一時的だ。またどこで牙を剥くか分からねえぜ。」

「坂田さん…あれ、おかしいですね。」
佐々木は首を傾げた。
「切りますよ。」
『待て!佐々木!逃げろっ!!』
佐々木はハッとして後ろを向こうとした。
「うぐっ!!」
背中に走る激痛。ナイフが深々と刺さり、白い隊服に紅い染みをじわじわと広げた。
『佐々木!』
電話の向こうで銀時が叫ぶ。
「秋本…さん…。」
佐々木はバランスを崩し、椅子から落ちて床にうつ伏せに倒れる。冷たく黄金色の眼が佐々木を見下ろしていた。
その時、総督室の扉が開いた。
「楓!!」
新井は怒鳴った。楓は新井の方へ顔を向けると、佐々木のデスクの引き出しから鋏を取り出した。電話線を切る。そして、机から飛び上がると新井に鋏を振りかぶった。



「っ…。」
通話が途切れた。だが、楓が佐々木に仕掛けたのは確かだ。
「佐々木は死んだ。」
男はそう言って立ち去る。
「お前っ!!待て!」

「お前…っ。ま…。」
銀時は気づいた。
「…俺、さっき…誰と話してたんだ?」
それは新八と神楽も同じだった。三人で戸惑った顔を見合わせる。それが目の前を歩いていく金髪の男だとは気づかない。
「銀さん…。」
その様子を路地裏から、さっちゃんが見ていた。手にはカメラ。銀時と男が話している様子がしっかり写っている。



「異三郎。」
信女が総督室の扉を開けた瞬間、新井が飛ばされ、横の壁にぶつかった。
「いってぇなぁ…。」
「新井。」
信女が新井に駆け寄る。
「俺はいいから、佐々木を。」
「分かった。」
佐々木は部屋の一番奥で倒れている。道を阻むのは楓だった。
「何やってんの。」
「佐々木を殺したんだ。」
黄金色の眼が信女を射抜くように見ていた。
「助かる、なんて信じているのか?」

「俺が、殺した。」
楓は鋏を投げる体勢をとった。その時、信女の右肩に僅かな体重がかかり、影が通りすぎる。
新井が信女の肩に乗せた手だけを支えに、楓の手にある鋏を蹴り飛ばした。鋏はダーツのように壁に刺さる。黄金色の眼から放たれた視線が交わり、部屋は殺気で充満する。楓は新井の片足を掴むと、壁の方へ投げ飛ばすが新井は受け身をとった。
「信女!早くしろ!!」
信女は我に返って佐々木に駆け寄った。
新井は向けられた拳を握り潰すくらいに掴み、関節を捻る。楓がギシリと歯軋りしたのが分かった。
「ぐっ!!」
楓の蹴りが腹に命中した。肋骨が何本か折れているだろう。歯を食い縛り、耐える。さらに爪を立てて腕を掴まれ、食い込み、血が噴き出す。楓はさらに攻撃を仕掛けていた。が、その攻撃が届く前に、新井の手が楓の腹を貫いた。楓は血を吐き出した。新井はさらに血濡れた拳を固め、振りかぶった。

「…さん。」

「新井さん!」

佐々木の声で我に返った。一瞬息が止まり、荒い呼吸を繰り返した。拳は楓に届く前に止まっていた。楓は意識を失うと壁にもたれてずるずると倒れた。
やってしまった。そう思った。ずっと正気で戦っていたはずなのに、いつの間にか理性をなくし、瀬虎として戦っていた。
「…まったく、仕方ない親子ですね。ちゃんと治療してあげてくださいね。」
「…はい。」
放心したまま、新井は返事をした。佐々木は信女に支えられて医務室に向かっていった。新井は楓の軽い身体を抱え、総督室を後にした。



その日の夜に楓は目を覚ました。
「痛っ…。いつ怪我したっけ…。」
楓はソファーの上で身体を起こす。
「今日。」
向かい側のソファーに座った新井が答える。
「嘘だ。今日、まだ午前中じゃん。さっき佐々木に呼び出されたし。」
「もう夜だけど。」
「あたし、寝過ごしたの?」
「寝過ごして怪我するやつがどこにいる。」
「知らん。」
楓はふてくされたようだったが、ハッとしたようだった。
「また、操られた…。」
「そう。佐々木を殺しかけた。」
「……。」
楓は戸惑って目を泳がせたが、やはり何も思い出せない。
「また…。」
「殺そうとするだろうな。」
楓は眉間に皺を寄せた。
「でも、何でこんな怪我してんの。」
「……。」
新井は黙りこんだ。隠していたって仕方ない。
「…俺がやった。ごめん。だけど、同じくらいにお前も悪い。」
「…そう。」
楓は納得したように頷いた。
「佐々木のところ行ってこい。医務室にいるはずだ。」
「分かった。ありがとう。」
楓が部屋を出ていく。何か心残りなのか、冴えない表情だった。



「奴は…坂田金時。銀さんと正反対の男よ。」
その頃、さっちゃんは必死に銀時たちに状況を説明していた。見廻組屯所の近くにある、ファミレスにいた。
「そう言われてもなぁ…。」
「それもそのはず。奴は人の記憶から自分を消すことが出来るの。」
「自分を…消す…?」
一度辿り着いて、掴んだはずの答えをまた目の前にしていることに気づかない。
「何か…。」
何か引っかかった。意地でも思い出さないと、足踏みを繰り返してしまう。
「銀さんたちは、これからどうするつもり?」
「俺らはもう一回町を回ってみる。」
「分かったわ。私も協力する。」
さっちゃんはそう言うと、テーブルの上にカメラとボイスレコーダーを並べた。


次へ
前の章へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ