nitty-gritty

□緘黙
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パソコンの画面に映し出された心拍数がどんどん下がっていく。佐々木や新井をはじめ、その場に集まった見廻組隊士までもが息を詰めて画面を見つめていた。

その頃、中村は障子を開けて楓の様子を伺っていた。楓が助手席で倒れているのが見える。
「おたくら…残念じゃったな。まあ、毒を盛られたわりには持ちこたえた方じゃろうて。」
「なっ…!」
銀時たちは驚愕した。
「楓が…!!」
神楽は慌てて部屋を飛び出し、廊下を駆けていった。楓のもとへ向かったのだ。
「…てめぇ。そこまでして鬱蔵を出したくねぇのか?…いや、殺したことをバラしたくねぇのか?」
銀時は中村を睨み付けて言う。
「はっ…。まあ、あの女は負けたが教えてやる。…鬱像はわしが殺したんじゃない。死んでたんじゃ。倉の中で、自ら首をつってな。」
「そんな…。じゃあ、下愚蔵さんはその事を知らないで…。」
「そうじゃ。おじきはこの事を知らん。悲しむじゃろうて隠してきた。だが、鬱蔵を追い詰めたのは誰でもない、おじきじゃ…。」
下愚蔵は悪ガキだった自分を拾ったこと。自分は鬱蔵と兄弟のような間柄になったこと。だが、下愚蔵は鬱蔵ではなく中村を愛していたこと。
「それから…わしは鬱蔵と会うことはなくなった。鬱蔵は倉に籠ったんじゃ。」
だが、ある夜のことだった。中村は決心して組員と共に倉の戸をこじ開けた。
「その中で鬱蔵は首をつって死んどった。」
この事は下愚蔵に知れてはならない。そう思って、中村は鬱蔵を葬ると空になった倉の戸を南京錠で固く閉ざした――。
「おじきは鬱蔵が死んだことを知らん。今まではそれでよかった。じゃが、おじきは病にかかった。先が長くないと分かると、鬱蔵を跡取りにしようと言い出した。全く、都合のいい話じゃ…。」
それで今、万事屋がここにいる。中村は銀時を見てため息をついた。



「楓!しっかりするネ!」
車に駆け寄った神楽は助手席で倒れている楓を揺する。
「あれ…これ…。」
電極パッドに気づきボタンを押すが、反応がない。管が外れているのに気づき、慌ててスイッチに繋げると、またボタンを押した。ドッと楓の体が跳ねて、驚いたように目を見開く。
「神楽…。」
「楓!生き返ったアルか!」
楓は体を起こすと電極パッドを外し、車から降りる。
「ありがとう。」
「…まだ、続けるつもりアルか?」
「いや…。死んだことにしとこうと思ってな…。」
楓はチラリと賭博場の方を見た。襖は閉まっている。今は誰も見ていない。
「また、死んだふりアルか。」
「…。」
楓はリモコンキーで鍵をかけた。
「そんなに使っていい手じゃないネ。こないだだって…。」
「使っていい手と悪い手があるのか?」
「…。」
「私は少なくとも神楽たちとは違うんだ。綺麗なことばかりできるとは限らない。」
楓は歩き出した。神楽は後を追う。
「いちいち手段に迷ったら生きていけないよ。」
神楽に当たりたくはなかった。ただ、それは事実だ。神楽は、銀時たちは、いつも自分に優しくしてくれる。だからこそ分かって欲しいと願った。

「楓は死んでしまったネ…。」
賭博場に戻った神楽は中村に真っ先にそう告げた。
「…そうか。残念じゃ。」
「ただ。一つだけ聞くネ。」
中村はゆっくりと神楽に顔を向けた。
「お前、もう一つ隠し事してるアル。」



その夜。楓はこっそりと闇に紛れて中村の部屋を伺っていた。
「ああ、こんばんは。今日の歌舞伎座の最終講演でいかがでしょう…ええ。」
電話で誰かと話していた。
「はい。じゃあ、今日の10時半の講演で…はい、皆さんお集まりになるということで…分かりました…はい、では。」

中村は10時に黒のアルファロメオで屋敷を出ていった。
「行きますか。」
アクセルを踏み込み、アルファロメオの後を追うように車を走らせる。
カーナビの横のボタンを押すと、暗闇にCR-Zの形が浮かび上がる。今まで、中村に見つからないように車の姿を消していた。新井は何とかというシステムだと教えてくれたがよく覚えていない。中村には神楽が「車を別の場所に移動させた」と説明していたため、車がまだ屋敷内に停まっていたということは気づかれていない。
「で、結局どうゆうシステム?」
助手席の銀時が問う。
「車の表面上に取りつけたカメラと、表面の特殊な加工で実現するらしいんですが。カメラが周りの景色を映像として表面に投影すると、車がその場から消えたようになるらしいです確か。透明になって車が消えちゃうんです。」
「それってハイテクじゃないですか!」
「でも、熱探知で見つかっちゃうし。そもそもパクリだし。」
どんだけ映画かぶれしてんだろうとげんなりしながら車を走らせる。

それから15分ほどで目的地の歌舞伎座についた。楓は人目につかない駐車場の隅に車を止める。車を降りてからリモコンキーで鍵をかけ、遠くから見失わないように中村を追った。
この日の最後の講演だというのに客は多くいた。
中村とはまた顔を会わせるだろう。

2階の手すりから吹き抜けになった1階を見下ろした。長机の前に長蛇の列ができている。チケット販売員が客にチケットと紙袋を渡している。だが、よくよく見ていると、時折販売員が屈んだかと思うと、机の下、テーブルクロスの中から違う色の紙袋を渡している。
「普通の人にはテーブルにある白色の、特別な人には紫色の紙袋を渡していますね。…紫色の紙袋の中に恐らく何か入ってるんです。特別な、ね。それぞれ怪しまれないように散らばって会場に入ってください。」
楓はそう言い残して足早に目をつけていた婦人の後についていった。

そのあと、銀時たちは言われた通りバラバラに会場に入った。座席の確保は簡単で、チケットの確認もない、なんとも甘い話だ。
同じ頃、厠の洗面所で楓は婦人の持っていた紫色の紙袋からイヤフォンを取り出した。婦人をいとも簡単に気絶させ、盗んだのだ。イヤフォンを耳にいれ、厠を出る。ドアノブを思いきり捻り、破壊するとドアノブを床に放り投げた。

楓が会場に入った頃にちょうど幕が開き、歌舞伎が始まった。
「蘆屋道満大内鑑」という演目らしい。
楓は鉄の階段からギャラリーに上がった。会場全体を見渡せる。

その時、イヤフォンから会話が聞こえてきた。
『わしが中村京次郎じゃ。よろしく。』
『君のことは兼ね兼ね聞いているよ。』
『今度の計画はいつ実行されるのかしら。』
『それは、近々予定しておるんですわ…。』
『ブツは次はいつ持ち込まれるのかね?』
『2日後ですよ…。』
少なくとも10人以上の声が聞こえてきた。それ以外にも会話を聞いているだけの人間もいるだろう。
『それより、中村さん。ご存じ?』
『何をです?』
『わたくしたち、幕府の人間が阿片密輸に関わっていることを調べようとしたスパイがいたことを…。』
『…いえ、知りませんが。そいつは何処に?』
『それがこのあいだ池田夜衛門に殺された、と。』
『そうですか…。実は昨日もスパイのような女がいたので、殺しておいたのですが。まあ、ご安心ください。あなた方の安全は確保されていますし…。』
「ちょっといいか。」
楓はイヤフォンに手を当てて、口を開いた。
「そうゆう話はスパイのいないところでしたほうがいい。そうでなくても、こんなところでするべきではないな。役者に失礼だ。」
奴らの青ざめた、驚愕した表情を思い浮かべて楓は思わずニヤリと笑った。
「おいおい、皆何処に行くんだ。」
楓はそう言いながらポーチから取り出した小型カメラでズームしながら、席から立ち上がった人間たちの顔を一人一人撮っていく。

「おいおい…。」
その写真は新井のパソコンに次々と送り込まれていた。全員、幕府の役人だが上層部の人間も中にはいる。

「ありがとう。」
楓は全員分撮り終わると、カメラをポーチにしまった。
下を見下ろすと警備員が階段を上がって来るところだった。楓は階段を駆け降りると、警備員を蹴落とし、首を絞めて気絶させた。

「『葛の葉』が嫌いな人もいるようだ。」
歌舞伎を見ていた夫は妻に囁く。盗聴に気づいた奴らが次々と会場を出ていく。夫婦はイヤフォンを外すと、そっと胸ポケットにしまった。


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